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「凄い……」
無意識に私は声を漏らしていました。
彼の力を目にした黒い猿のような魔獣は黒髪の男性を脅威と見たようです。私達の包囲を解くと一斉に彼の方へと物凄い速度で駆け出し襲いかかりました。
ですが、黒髪の男性は慌てる素振りもありません。ただ淡々と襲って来た彼らを斬り捨てていきました。
その戦いぶりは筆舌に尽くし難く、なんと言いますか彼が動いたと思った瞬間に光が走るのです。その光が剣閃であると分かった時にはもう魔獣が真っ二つに裂かれていました。
圧倒的――そうとしか表現ができません。
今も彼を取り囲んで一斉に4体の魔獣が飛び掛かりましたが、4本の光が走って線を描いたのが見えたと思った瞬間に彼らは宙で両断されて黒い瘴気と共に掻き消えてしまいました。
「なんだあいつは?」
「ありえねぇ」
「強すぎだろ」
たくさんいた獣が瞬く間に斬り伏せられ、気がついた時には全て消え去っていました。
あまりの事態に私達は声も出ません。目の前で起きた戦闘が現実のものとは思えず茫然としてしまいました。
確かに小型の魔獣ではありましたが、人間にああも易々と屠れるものではありません。しかも、あれだけ多数の魔獣を1人で討伐するなど彼の強さは尋常ではありません。
時間にして数分くらいでしょうか、戦闘が終わり彼が納刀する音に私は我に返りました。彼は1度ぐるりと周囲を見渡してから顔をこちらに向けると、じっと私達を見ながら佇んでいました。
このままでは失礼だろうと思い、私はその黒髪の男性の方へと歩き始めました。
「待ってくれシスター」
「あの男が味方とは限らん」
自警団の方々が私の行動を制止しましたが、私は歩みを止めませんでした。
「彼のお陰で助かったのです。お礼を述べねばなりません」
「だが……」
「1人で行くのは危険だ」
「俺達も行く!」
私の身を案じてくださったのでしょう、数人が私に随伴してくださいました。そのお気持ちはとても嬉しいのですが、大勢で押し掛けて彼に威圧感を与えてしまわないか心配です。
ですが黒髪の男性に近づくと付いてきてくれた自警団の方々が呻き声を漏らしました。
「くせっ!」
「ぐっ……なんだこの臭い?」
「た、耐えられん……」
どうやら黒髪の男性から異臭が発せられているようでした。
彼をよく観察すれば、衣服は随分とくたびれ、汚れも酷く、その顔はやつれ、鋭い眼光でしたが眼窩にくまができており、かなり衰弱しているのが分かりました。
「もし、大丈夫ですか?」
私は慌てて駆け寄りました。
彼は今にも倒れてしまいそうな様相です。
「お…れ……は……」
私が体を支えると、彼はそのまま私の肩にもたれ掛かるように崩れ落ちてしまいました。
ここまで弱った体であれ程の戦いを……
「この方を町までお運びしてください」
「だ、だけどそいつは……」
「危険な奴かもしれんぞ」
自警団の方々は渋りましたが、私がかたくなに懇願して彼を馬車に担ぎ込んでもらいました。そして、重症者を治癒した後に彼を孤児院へと運び入れると今度は子供達が大騒ぎです。
彼の介抱を手伝ってもらおうと思ったのですが、異臭にわーっと蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのです。
「く、くちゃい!」
私の姿を見つけて駆け寄ってきたシエラでさえも鼻を摘まんで途中で足を止めてしまいました。いつもならそのまま飛び込んで抱き着いてくるのに。
「そんなことを言っては駄目よ。この方は私達の命の恩人なのだから」
シエラみたいな良い子でも躊躇してしまうなんて。
やはり私を厭わず迎え入れてくれたシスター・ジェルマは本当に偉大な方だったのですね。私も少しは彼女に近づけたでしょうか?
「シエラもこの方の介抱を手伝って」
「う~」
眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしましたが、シエラはそれでも私のお願いを聞いて率先してお手伝いをしてくれました。
本当にシエラは可愛くて良い子です……