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目が覚めると最初に目に入ったのは見知らぬ粗末な天井だった。
俺が寝かされているのは見覚えのない粗末なベッド。見回せば狭い簡素な部屋で、横には椅子に腰掛けた女性が俺に優しい視線を向けていた。
輝くような金髪に、引き込まれそうな澄んだ緑の瞳。
とても綺麗な女性だと感じ、つい見入ってしまった。
それは魔獣に襲われてた一団の中にいたシスターだった。
「お目覚めですか?」
「ああ……」
落ち着いた大人の女性の声。
だけど愛らしさも感じる心地の良い響きだ。
王都から……いや、この世界に召喚されてからずっと張り詰めていた心身が癒されるようにリラックスしていくのを自覚した。
「お水を飲まれますか?」
俺がこくりと頷くと、彼女はにこりと笑って吸飲みを手にした。
俺が上半身を起こすと彼女が甲斐甲斐しく俺の背に手を回して口元に吸い口を持ってきたので、そこから水を一口こくりと飲み込んだ。
ひんやりとした水が喉を通過し、胃の中に落ちる感覚が気持ちいい。
「ありがとう」
人心地ついて礼の述べると彼女は首を振った。
「お礼を申し上げるのはこちらの方です。危ない所を助けて頂きありがとうございました」
「俺はただ掛かる火の粉を払っただけだ」
「それでも私達が助かったのは事実です」
何となく彼女は真面目で頑固なんだろうなと感じた。
「それにしてもかなり衰弱しておいでの様ですが……」
「ここしばらく、ほとんど食事もとらずに旅してたからな――」
王都を出てからここまで、人里を避けて旅をしてきた。
満足な食事も摂っていなかったのだ、常人だったらとっくに死んでいただろう。
出自はぼかしながらの説明であったが、彼女は真剣に耳を傾け頷いた。
「長旅を……どうりで」
そう言えば、魔獣を全部倒した後に近づいてきた男達がしかめっ面してたな。水浴びさえしてなかったから凄い悪臭を放っていたんだろうな。
自分を見れば、鎧などは外され簡素だが清潔な服を纏っていた。どうやら体を綺麗に拭いて服を着替えさせてくれたらしい。
「すまない。かなり汚れていたし、酷い臭いだったろ?」
「謝る必要はありません。助けて頂いた恩義に対してこの程度の事はどうということはありません」
彼女の言葉と声音には優しさと誠実さが籠っているのを感じる。
何故だろうか、俺はとても安心してゆったりとした気持ちになった。
この世界の住人に対して持っていた警戒心も彼女の前では解かされてしまった。
「何か口に入れられる物を持ってきますね」
そう言って立ち上がろうとした彼女の腕を俺は咄嗟に握っていた。
彼女が傍から離れるのがどうしても耐えられなかったのだ。
そんな俺に不思議そうな顔を彼女が向けたので、断りも無く女性の腕を掴んでいる自分に気がつき俺は気が動転してしまっていた。
「そ、その俺は悠哉だ。結城悠哉」
なんで俺は自己紹介なんてしてるんだ?
もっと気の利いたセリフを言えないのか俺は!
「ユーヤさんとお呼びすればよろしいですか?」
「ああ、構わない……あんたはミレーヌ・クライステルだろ?」
その問いかけに彼女は一瞬びっくりした表情を見せた。
だがすぐに真顔に戻るとゆっくり首を横に振った。
「ミレーヌ・クライステルはもう死にました」
目的の人物が死んだと告げられ俺はぎょっとした。
本当に『辺境の聖女ミレーヌ・クライステル』はもういないのか?
それともミレーヌは『辺境の聖女』なのではなく、目の前の彼女が本物の『辺境の聖女』なのか?
だとすれば、迫害されてもなお強く人々の為に生きる聖女は虚像だったのだろうか?
だが、そんな俺の疑念を他所に彼女は語り続けた。
「私はシスター・ミレです」
そう名乗る彼女の顔はどこか寂し気だったけれど、その陰が俺の胸にグッと迫って目が離せなかった。
「私はこの地で生まれ、この地で生きる人々の1人に過ぎません」
そう言って笑う彼女の表情はとても優しく穏やかで、俺はそんな彼女に見惚れてしまった。
「だからユーヤさん、あなたの探している『ミレーヌ・クライステル』はもうこの地にはいないのです」
彼女のその言葉の意味を俺は理解した。
彼女の中の『ミレーヌ・クライステル』はもう死んだのだ。そして、彼女はシスター・ミレとしての生を辺境の地で得て、この地の為に生きると決意したのだろう。
彼女が羨ましいと思った。
彼女がとても眩しく見えた。
彼女と同じ様に生きたくなった。
「俺も生まれ変わる事ができるだろうか?」
誰かに聞かせる為の呟きではなかったが、彼女はそれを正確に拾って温かな笑顔を向けてくれた。
「あなたがそう望むのであれば」