テラーノベル
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冷たい木枯らしが、窓の外を駆け抜けていく。
あれから数ヶ月。季節はすっかり冬の様相を呈していた。
鈴奈は古ぼけた喫茶店にいた。あの夏の日に、初めて黒崎に会って脅された懐かしの喫茶店。
そして、テーブルを挟んだ向かい側に、ふたたび黒崎の姿がある。
「知ってるか。最新の医療研究によれば、ハナクソをほじると認知症になる危険性が高まるらしい。手についた細菌が鼻の穴を通って脳に到達。感染を防ぐために放出された悪性タンパク質が蓄積されて認知症を引き起こすんだと」
「はあ」
「はあじゃねえよ。ハナクソほじらなきゃ、鼻が詰まって窒息死するじゃねえか。いったい、どうしろってんだ」
黒崎は不機嫌そうな顔で、鈴奈の顔を睨みつける。
「それで。今更俺に、なんの用だ。もう二度と会うことはねえと思ったが」
「黒崎さんに、相談がありまして」
「相談だと? カネが必要になったんなら相談に乗るけどよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、カウンターにいる気の弱そうな店長に向かって、「暖房つけろや! 俺を凍死させる気か!!」とがなる。
季節は違えど、まるでデジャブのような感覚に囚われた。
初めて会ったあの日も、くだらないうんちくを垂れて、そして店長を怒鳴りつけて。
あの時、自分はただただ恐怖心でいっぱいで、がたがたと震えるしかなかった。
まるで迷子の子犬のように、すっかり途方にくれていた。
でも、今は違う。
こうして黒崎を、真正面からじっと見つめている。
黒崎はホットコーヒーをずるずると啜りながら、鈴奈に暗い目を向けた。
「それで、相談ってのはなんなんだ。こっちも忙しいんだから早く言え」
ふうと息を吐く。室内が寒いせいか、それは白い小さな雲となって空を彷徨う。
「彼を覚えてますか。私の借金を肩代わりしてくれた碓氷恒生さんを」
「ああ、あの間抜け野郎な」
「恒生さんが、行方不明なんです」
そう。
恒生は2週間前に、何も言わずに突然姿を消した。家にはいないし、会社へ出社もしていない。
電話は通じなく、ラインも既読がつかない。こんな時怜央は、おろおろするばかりで役に立たず。
これまでずっとふたりで楽しい幸せな日々を送ってきたのに。どうしていなくなったのかその理由はさっぱり見当もつかなかった。なにかトラブルに遭ったとしか考えられない。
「だから、どうした」
「黒崎さんに恒生さんを探してほしいんです」
「そりゃあ、警察のシゴトだろ」
「警察は捜索願を受理するだけで当てになりません。それにウラ社会の方は、人探しが得意って聞きました」
「おいおい、俺はウラなんかじゃねえ。これでも真っ当なサラリーマンだぜ。探偵でも雇うんだな」
「そんなお金はありません。もう、黒崎さんに頼むしか他に方法がないんです」
鈴奈が必死に訴えかけると、黒崎はゆらりとからだを起こした。
眉間にしわを寄せながら顔を鈴奈に接近させると、低い小声でこう囁く。
「引き受けてもいいけどよう。カネはどうするんだ」
黒崎の圧に負けじとばかり鈴奈も真剣な表情で、更に顔を寄せる。それはまるでキス寸前まで。
「取引しませんか?」
「はあ? 取引だと?」
「お金を払う代わりに、私、やりますから」
恒生を見つけるためだったら、なんだってする。そうすっかり決意した。
なんだ?と首を傾げる黒崎に向かって、鈴奈は堂々と言い放つ。
「婚活サギですよ。もう一度、婚活サギ師となってしっかり稼ぎます!」
黒崎は目をまん丸に見開く。
遠くで、蝉の声が聞こえたような気がした。
ー 完 ー
コメント
1件
最終話、読み終わりましたよ…! 「またあの喫茶店で」っていう対称性と、鈴奈の成長がすごく沁みました。初めて会った時は震えてたのに、今は黒崎に真正面から「取引しませんか?」って言える。その強さがもうね…。 そして最後のオチ。「婚活サギ師となってしっかり稼ぎます!」で蝉の声が聞こえる演出、完全に掴まれました。最初の夏から季節は冬に移ってるのに、この一文でまたあの熱気が蘇る。構成の妙です。 恒生さんが行方不明ってところも気になるし、黒崎がどう動くのか。匂わせだけで終わらせず、読者の想像を誘うラストも好きです。お疲れさまでした、素敵な物語をありがとうございました!