北の魔術師、バストロの夏から秋に掛けての本拠、岩山の洞窟に新たなメンバーが仲間に迎え入れられてから、早いもので二ヶ月が過ぎていた。
季節は秋も半ばに入り周囲の広葉樹も黄色や赤の彩りを増して来ている。
ペトラは思った通り賢く、如才なく師匠たちの期待に答え順調に成長を果たしていた。
時にその助言にバストロやジグエラが自分達の浅慮(せんりょ)を恥じる場面も散見されるほどであったが、そんな時、大猪のヴノだけは満足そうな大声で、愉快そうな笑いを響かせていたのである。
お蔭で日々の鍛錬や考察を、どこか恒常的に繰り返して来た日常を変え、未熟と評された若き日のそれと同じ様に、更なる高みを目指す、そんな充実した物へと変化させるのであった。
そもそもの実力の高さから、他の魔術師達から畏怖を持って『北の魔術師』、そう敬意と共に呼ばれていたバストロ率いるスリーマンセルは更なる高みへと昇華を始め、近隣の集落を中心にして、『次の魔王』、そう囁かれる様になって来たのである。
無論、この二ヶ月で成長を果たしたのは次代の魔術師、レイブのスリーマンセルとて例外では無い。
ここ数日間の間で、特に顕著な成長の例をご紹介しよう。
いくつか有る固定したねぐらの内、夏から秋までを過ごす機会が多い岩山の岩窟は、バストロ曰く『光と影の岩窟』と言うらしい。
朝夕の冷え込みが急に厳しさを増した早朝にその声は件(くだん)の洞窟内の奥、レイブのテントを前に響く。
『ガッ、レイブ! アサダ、ゾ! オキラッ! ガッ? オキリッ! ガガグアッ?』
『頑張って! 起きろ、起きる、起きれ、どれでも良いよ、大きな声でね』(コソッ)
『ガッ! レーイーブゥッ! オキリッ! グァ…… オキレエェーッ!』
『そうそう♪』
「んがぁ、ムニャムニャ、はあぁーぁー! もう朝かぁ、ぶるるっ! ああ、おはようギレスラ、ペトラ、相変わらず早起きだね、ムニャ……」
再び眠りに落ちて行きそうになるレイブを何とか起こして、今日も一日を始めるギレスラとペトラである。
お気付き頂けただろう、この二月でギレスラが話せるようになった、いいやその努力を始めたのである。
自分より体も年齢も随分小さいペトラの話術に思う所があったのだろう、当のペトラ、妹を教師に選び一般的な竜種より随分早いこの段階で、片言以上のコミュ力、その充実ぶりを見せつけていたのである。
なんと、ペトラという小さな存在がこのコミュニティーに加わった事で、バストロ、ジグエラの二者に更なる成長を、末の子でどこか甘えが見え隠れしていたギレスラには兄としての矜持(きょうじ)、と言うのは早いかな? とは言え可愛い負けん気の発芽を促したのである。
凄い事なのでは無かろうか?
まあ、レイブとヴノの二者には特段の変化は見られ無かったが、それこそ瑣末(さまつ)な事ではなかろうか?
今も日々弱々しくなっていく朝日で温まろうと、日当たりの良い辺りで二度寝を決め込んでいる二者も、内心では仲間達の成長を心強く思っていることだろう、良かった良かった。