とは言え、ヴノやレイブに変化が無かった訳では無論無い。
表面上には現れ難い微妙な変化ではあったが、ペトラが加わった事に因る影響は確実に彼らの日常を変えていたのである。
具体的に言えば、最近ヴノはモンスターを食べなくなった、これであろう。
成長が止まって停滞期に入ったボアには、生命力が多い肉は良くない、と言うより更なる成長を阻害してしまう、らしい。
そんなアドバイスを聞いたヴノは、それ以来植物しか口にしなくなった。
それも新芽や命溢れて青々しく茂った葉や命を大地から吸い上げる根ではなく、成長の為の代謝によって死ぬ運命の樹皮や落葉、それだけを口にして来ていたのである。
実際これらの食生活の改善によって、ヴノはその目に精悍さを取り戻し、白かった鬣(たてがみ)には黒々とした物が混ざり始めてきていたのである。
声の張りも一段と周囲に轟(とどろ)かせながらヴノは言う。
『力が溢れる様じゃ! ブフォオォーッ! 俺はまだまだ強くなれる、ブフォブフォオオォーッ!』
何気に一人称も若返っていたのである。
独りレイブだけは判りやすい変化は無かったが、心境は著(いちじる)しく改められていたのだ。
朝寝坊や言い付けを忘れている辺りは今までと同じだったが、無茶な行動は突然なりを潜めた。
独りでどこかに行く際にはバストロやジグエラ、ヴノの何(いづ)れかに、ギレスラとペトラの事を念入りに頼んでから出掛け、用が済めば息を切らせては駆け戻るのだった。
少しでも空いた時間が有れば竜やボアの生態や習慣を聞き捲り、食事や眠る時は弟妹(きょうだい)の準備を先に整えてから最後に自分の用に取り掛かるのであった。
スリーマンセルの自覚、と言うよりも、幼いながらも兄としての責任感、そんな物の芽生えなのではなかろうか。
このレイブの変化を受けて師匠バストロは、魔術師としての覚悟や役割、意義や遣り甲斐(やりがい)について話をする日が多くなっていった。
そうして過ごしている間に、秋はいよいよ深まりレイブにとって二度目となる、魔術師の冬がすぐそこまで迫って来たと、洞窟の周囲の景色が、空気が、そして冷気が告げ始めていたのである。
「えっとぉ、粉薬、ユーカーキラーはこれで全部だね、血清の瓶は…… おおっ、結構沢山有るじゃん! アキザーキラーは人気が無いんだなぁー、あれ? これはどうするんだったっけ? ねえ、おじさ、師匠ー! ヴノの魔力入りの魔石も持って行くんだったっけぇ? 数えるのぉ?」
バストロの声が返る。
「タンバーキラーな! それも持って行くぞ、鏃(やじり)だけで良い、砕いたヤツは残しておいて良いぞ! 後はモンスターの干し肉な! 自分達の分以外は全部持って行こう! なるべく沢山の麦と干草に交換して貰わなけりゃならんからな!」
「判ったぁ! 岩塩もだよねぇ?」
「ああそうだ! レイブ、こっちはタリスマンとアミュレットを積み込み終わったぞ、手伝うか?」
洞窟の一番奥、暗がりと石の壁で偽装されたバストロお手製の倉庫の前から聞こえた声に、倉庫内部のレイブは答える。
「大丈夫ぅ! こっちももう終わるからー!」
「そうか、よっこいしょっと! じゃあ先に表に行っているぞ!」
目一杯荷物、売り物を詰めたのだろう、巨大な背嚢(はいのう)を背負ったらしい声はいつもより僅(わず)かにくぐもって聞こえた。
バストロに比べてレイブの背嚢は随分小さい。
小さくて軽い薬類や乾燥し切ってカチカチな干し肉、小指の先位の魔石百個位、拳(こぶし)大の岩塩の塊十数個がその荷の全てだからである。
勿論、将来独り立ちした時には野営の道具や、武器、解体道具、修理道具、それに加えて今のバストロが背負っている、売り物の主力、アミュレットやタリスマン、モンスターの毛皮や鉱石、余分になった薪まで、およそ普通の人間には背負う事が出来る訳が無い程の量を運ぶ事になるのだが、それはもう十年位は先の話になるだろう。
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