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瑞奈の実家を訪れると、瑞奈のお母さんは驚きもしたが、同時に嬉しそうな表情を浮かべてくれた。本来ならば今頃は新幹線に乗っているはずだった。
「安いホテルが見つかったので」
嘘だった。今まで泊まっていたホテルを延泊した。瑞奈のご両親に余計な心配をかけたくなかった。
お母さんが、二階の瑞奈の部屋に向けて「晴翔君が来てくれたよぉ」と大声で呼びかけるも、瑞奈が降りてくる気配はなかった。
ごめんね。ちょっと呼びに行ってくるね、とお母さんは階段を昇り始める。みしりと階段が音を立てた時、瑞奈の声が響いた。「帰ってもらって」
「何言ってるのよ、せっかく晴翔君が来てくれたのに」
お母さんがなおも階段を昇ろうとすると、再び、
「帰ってもらって。会いたくないの」
取り付く島もない返事が二階から聞こえてくる。瑞奈のお母さんが俺を振り返った。困惑の表情だった。瑞奈のお母さんは言葉を発しようと口を開いたが、何と言っていいのか分からず、口を閉じることができないようだった。
「お母さん」
俺は、瑞奈の部屋に届くほどの大きい声で喋る。
「また後で来ます。済ませたい用事を終えてからまた来ます」
瑞奈に会う以外の用事など、本当は無かった。
瑞奈のお母さんがゆっくりと階段を降りてくる。「ごめんなさい。朝から全然下に降りてこないのよ。ドアも開けてくれないの」
俺は笑って気にしない素振りを見せる。
瑞奈のお母さんは申し訳なさそうに表情を歪めた。
「咲良がいたら、咲良が無理矢理にでも瑞奈を引っ張ってくるのに。朝から夏期講習に行っちゃったのよね。やっぱ、私が」
まるで敵陣内に乗り込むように腕まくりをしたお母さんを、俺は止める。
「大丈夫です」
お母さんと瑞奈の共通点を垣間見た気がした。
瑞奈の実家から立ち去ると、どこへ行こうか途方に暮れた。通りかかった公園のベンチに腰を下ろし、スマホで瑞奈にLINEメッセージを送信する。
【会いたい】
本当は、どうした? とか、春奈さんのことに触れるとか、瑞奈に訊きたいこと、伝えたいことはたくさんあるのに、LINEメッセージで打った文章は簡潔だった。とにかく瑞奈と会って話したかった。
「会いたい」
俺は口にもした。その声はすぐに炎天下の空気中に掻き消えていく。
今日も暑い。朝の天気予報では、三十五度近辺まで気温が上昇するとのことだ。着ているポロシャツの袖でこめかみを拭うと、袖に汗の滲みができた。
滑り台の奥にあるベンチに座っていると、公園のレイアウトは同じなのに東京よりも草いきれが満ちている気がした。力強い蝉の鳴き声がする。ブランコで遊ぶ子供たちの歓声がいきいきと聞こえてきた。
メッセージ欄に既読が付く。俺は太陽に焦がされながら画面を見続けた。
頬上を汗が伝い始めた。俺は姿勢を崩さずに、スマホの画面に目を向けている。ブラックアウトしそうになる画面をその都度タップし、明かりを灯す。瑞奈からのメッセージは来ない。
ぽたりと画面上に汗が落ちた。俺は指で画面を拭う。拭いたそばから画面上に細かな水滴が散乱する。そうしているうちに、また画面上に大きな汗の粒が落ちる。拭く。瑞奈からのメッセージは表示されない。頭頂部に焼けるような熱が降り注いでくる。片手でスマホを持ち、片手で頭頂部に手をやった。今度は、その手が炙られるような熱を感じた。それでも画面を見続ける。メッセージは送信されてこない。
電話をしようか。
電話マークに指を伸ばしかけて、止めた。
瑞奈は、今は話したくないのだろう。無理矢理、電話に出させたくなかった。瑞奈が喋ることができる状態で、俺は話したかった。電話マークから指先を離す。そのタイミングはいつだろう。画面を見つめる。
腋の下が、背中が、ジーンズの中まで汗ばんでいた。瑞奈がメッセージを送信してくれるまで、待とう。スマホのバッテリーは今朝充電したばかりだ。俺はブラックアウトしそうになる画面を、つつくように触る。メッセージは来ない。
スマホの画面を見続けているさなかだった。子供たちの声が消え、蝉の声が遠くなり、 視界の端から薄紫色の膜が広がってきたと思うや、急に意識が……――
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