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2016年5月20日
その年、月は私が初めて“小鳥遊 隼人”という人間と出会った日だった。
引越し先の慣れない土地、学校に拒絶されている気がした。孤独だった私に後ろの席だった彼は眩しい笑顔で話しかけてきた。
「君、葵ちゃんって言うの?仲良くしよ!」
茶髪に着崩した制服。
漫画に出てくるようなチャラチャラした見た目に引け目を感じて
「ごめんなさい」
と断った。
彼とは生きる世界も、価値観も違う。自然と感じていた。
きっと、私に話しかけてきたのも都合のいいやつとしか思っていないんだろう。
それでと彼は毎日のように話しかけてきた。
「どこから来たの?」
「アニメ見てる?」
「好きな食べ物は?」
永遠と続けられる質問にいちいち断るのも嫌になってきた。
「もう、話しかけないでください」
ある日、私は小鳥遊くんにそう、言った。
「え?なんでよ、オレ、めっちゃ葵ちゃんと仲良くなりたいんだけど」
「そーゆーの、良いですから」
結局、離れ離れになるのならば深く関わらない方が良い。そう、引越しで学んだ。
彼には申し訳ないが、私は彼と価値観も考え方も生きる世界も違う。
「ごめんなさい」
その日を境に彼は話しかけなくなってきた。
それでいい、そう自分に言い聞かせた。
転校生で浮いてる私は、小鳥遊くんが話しかけてこなくなったせいでもっと浮いているようになった。そして、自然と陰口のターゲットになった。
「あの子って、自分は違いますアピールしててうざいよね」
「ほんと、それ。」
「まじ転校してくんなって話だよね〜w」
教室の隅で本を読んでいる私とは対照的に教室のど真ん中でコソコソと私を見ている彼女たち。彼女たちと私は違う。だから何を言われても気にしない。
そう、自分に言い聞かせていた。そうじゃないと、悔し涙が溢れそうだったから。
「ねぇ、そーゆーのやめよ?」
ハッと顔を上げた。
「そーゆーやつ、聞いてて良い気持ちしないから」
「小鳥遊、くん………?」
彼女たちは相当驚いたようで、彼を見てドギマギしていた。
「それにさ、彼女、まだオレらと打ち解けられてないだけで、ふつーに良い子だと思うからさ。オレらで見守ろーぜ」
ニコッと笑った彼の笑顔は輝いていた。
陰口を言っていた女子たちは小鳥遊くんの笑顔を見て何も言わずに立ち去った。
小鳥遊くんも私の方を見ずに教室を出ようとしていた。
「あの……!」
そんな彼を逃すまい、と私は彼の腕を掴んだ。
「え?葵ちゃん?どうかしたの?」
「いや……その………さっきはありがとう………ございます」
「さっき?あ〜あれね………ふつーに聞いてて嫌だったよね」
なんでもないように言う彼の表情を見て、自然と疑問が生まれた。
なんで……私、酷いこと言ったのに。
どうして、そんなに優しくするのだろう。
「どうして………」
「オレがさっきのやつを止めたかって?」
小鳥遊くんは私の心を読んだかのように先に言う。
私は何も言わずに頷いた。
「嫌なことをされてる人を助ける、当たり前じゃん。オレ、あーゆーの見て見ぬふりすんのふつーにやだし。ま、葵ちゃんだから助けなきゃってのもあったけど」
小鳥遊くんはまた、笑った。 やっぱり眩しい笑顔だった。
「ありがとう……ございます」
「まっさか、葵ちゃん、このオレに惚れちゃった?」
一瞬だけ、かっこよく見えた小鳥遊くんはまた、いつものおちゃらけた小鳥遊くんに戻った。
「いえ、そんなことはないです」
「えぇ….もっと、葵ちゃんと仲良くできると思ったのにぃ」
「………惚れてはないけど……小鳥遊くんと、もっと仲良くしたいと思いました……」
「え………?まじ……?」
小鳥遊くんは少しだけ顔を赤くして目を見開いて私をじっと見ている。
「なんなんですか、」
「オレら、今日から仲良くなれるの!?」
子犬みたいに喜ぶ姿に私は思わず笑った。
しばらくして彼から猛アタックを受けて、彼と恋仲になった。遊びにも出かけた。
彼の仲間たちとも仲良くなった。
特に香織ちゃんとは親友になった。常に私を気にかけてくれたから。
人生で初めてなことが多くて、そんな楽しい日々が何よりも大切で尊かった。
神様は意地悪だ。
そんな日々はすぐに打ち消された。
十代では珍しい“若年性アルツハイマー”
そう、診断された。
きっと、彼らとの思い出も、彼らと笑いあって日々も、彼らの存在も、全て消える。
ならば、自分から消えてしまおう。そう、決めた時にはもう、私と小鳥遊くんの運命は決まっていたのだろう。
「別れて欲しい」
12月。学校帰りの駅のホームで私は彼の顔を見ずにはっきりと言った。
「え?なになに?冗談?」
「ごめん………もう、小鳥遊くんとは付き合えない。嫌いになったんだ」
無理矢理な笑顔を作って彼に見せる。今の私、本当に酷い顔してるんだろうな、なんて思いながら。
「そっか。葵ちゃんに嫌われちゃったかぁ……」
えへへ、と笑う小鳥遊くんはやっぱり眩しくて、彼の顔を直視することが出来ない。
電車がキキーッと音を立ててやってきた。
「ごめんね」
そして、ありがとう。
私に美しい世界を見せてくれて、
私に最高の思い出を残してくれて、
本当にありがとう。
最後まで、私は彼の顔を見ることが出来なかった。
冬休み明け、私は高校を退学した。
もう、彼らのことを忘れよう、そう思っても肝心な時に忘れることは出来なかった。
そして毎晩、夜の闇に怯えた。私は全てを失ってしまうようだったから。
だから目を瞑ることの出来ない夜が続くことだってあった。
そんなとき、小鳥遊くんとの思い出は私の心を支えてくれた。
きっと、彼は覚えていない些細な思い出だって私を安心させた。
小鳥遊くん、覚えてるかな。
あれは、夏だった。
本当に暑い日だった。小鳥遊くんはダラダラと汗をかいて、今にも死んでしまいそうなのに私にずっと話しかけてきた。
「運命って信じる?」
きっとあなたは覚えていない。
その質問に私は「信じるよ」って答えたこと。そして、その後に「私も、小鳥遊くんと出会えて良かった」と言ったこと。
情けないあなたは覚えてくれるはずがない。
それでも私は覚えているよ。あなたとの些細な思い出も、全部大好きだから。
結局、突き放してしまったのは私なのに、私はまだ、彼のことが好きだった。ほんっと、未練ばっかりだ、と自分でも思う。
嘘つきで、未練ばっかで、最低な彼女だなって思う。
だから、あなたへ手紙を書いたんだと思う。
その手紙を、私の生涯を“香織ちゃん”へ遺したんだと思う。
お互い、未練タラタラなのはもう、やめにしようって。
窓の外を見た。新しい朝日が少しずつ地を包み込む。
きっとあなたのことなど忘れてしまう。
あなたの存在など、私の中でなかったことになる。
だから、忘れてしまう前に、後悔する前に、
高校時代、いつものように告げられていた挨拶を1粒の涙を零して告げた。
いつものように、学校へ行って君へ返せないけれど、
私の中の君はもう、曖昧になっているかもしれないけれど、
私の中で生きた君へ、
「おはよう」
世界は相変わらず残酷で、美しかった。