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その日は仕事だとか、人間関係だとか、色々なことに疲れていた。
帰り道、雨が降っていることすら、どうでもよくて、傘もささずにトボトボと歩いていた。
歩道橋から見える景色はいつもより綺麗に見えてこの世界の中で消えれたらどれだけ良いだろうかと考えてしまう。
まぁー、消えることなんて出来ないのだけど。
そんな矢先のことだった。
莉犬「あっ、…」
そんな鈍い音をだして、俺は階段から崩れていった。
今となってはあの人が故意的にやったのか、
事故であーなってしまったのか、わからない。
倒れた後は、後頭部からやけに生暖かいものが流れ出すような感覚に襲われた。
体に自由が効かなくなって、スマホを取り出すことができなかった。
これはこれで良かったのかもしれない。
人生にうんざりしていた今、こうなってしまうのも仕方ない。
まもなく、俺の意識は飛ぼうとしている。
あー、いい人生だった。
そんなことを思いながら、意識を飛ばした。
その時だった。
?「大丈夫ですか!?…誰かッ…!!」
?「救急車ッ…」
辞めてよ。
もう諦めたんだから。
悔しいだなんて思わせないでよ。
止めたくても止められない。
神様はどれだけ俺を憎んでいるのだろうか。
目を開けた瞬間、真っ白な天井が広がっていた。
ぼんやりとした視界。
消毒液の匂い。
一定のリズムで鳴る機械音。
ひんやりとした部屋。
体を動かそうとして、少し遅れて痛みがきた。
なんだか、頭の奥がじんわり重い。
?「起きた?」
そう、声が聞こえた。
顔をゆっくりと動かすと、そこには見覚えのない男の子がいた。
莉犬「どなたですか、?」
莉犬「俺、知らないですよね、」
?「さぁねぇ」
莉犬「答えてくださいよ…」
莉犬「俺はッ……ぁれ、」
?「ほら…やっぱり…覚えてないんだ君」
?「事件があったんだよ、昨日。」
莉犬「事故じゃなくて、?」
?「あなた…階段から落とされたんだよ」
医者「ほら、君。やめなさい。」
医者「すみませんね。この子いたずらっ子で」
莉犬「なる…ほど」
?「僕は嘘ついてないけどね〜?」
?「テレビで見たし?」
医者「わかったから戻りなさい。」
?「はーい、つまんないのぉ」
医者「気にしないでください。」
莉犬「いや、いいんです、別に…」
医者「何か違和感ありますか?」
莉犬「何も…思い出せないんです…」
医者「ご自身のお名前は?」
莉犬「それは…わかってるんですけど、」
医者「なるほど、」
医者「今から言う言葉を覚えててくれますか」
莉犬「いいですけど、」
医者「いきますよ。」
医者「りんご。バイオリン。チューリップ。」
医者「繰り返しで言えますか?」
莉犬「りんご。バイオリン。チューリップ?」
医者「はい。そうです。」
医者「じゃあ、その三つ。覚えててください」
医者「また聞きます。」
医者「でも紙とかには書かないで欲しいかな」
医者「大丈夫そう?」
莉犬「大丈夫…です。」
莉犬「…りんご、バイオリン、チューリップ」
医者が出た後、小さく呟いてみる。
ちゃんと覚えてる。
でも、それ以外がなかった。
思い出そうとすると、頭の奥がズキッと痛む。
莉犬「っ……」
無理に探ろうとした瞬間、 視界がぐらっと揺れ動いた。
?「セーフ…」
莉犬「ありがと…ございます、」
莉犬「ぇと、……どなたですか?」
その一言で、 空気が少しだけ重くなる。
男は一瞬だけ目を伏せて、 小さく息を吐いた。
さとみ「……さとみ」
さとみ「友達…よろしく」
莉犬「……ごめん、覚えてない」
隠しても仕方ないもののため、正直に口を割る。
さとみ「……まじかぁ、笑」
さとみ「こんなことマジであんだ笑」
思ったよりもあっさりした返事で、 驚いてる様子には見えなかった。
莉犬「……え」
思わず声が漏れる。
さとみ「頭打ったって聞いたし」
そう言って、軽く肩をすくめる。
でも―― それだけじゃない気がした。
“分かってた”みたいな、そんな言い方だった。
さとみ君はベッドの横の椅子に腰掛けた。
その動きがやけに自然で、 余計に違和感が増す。
莉犬「……ほんとに、友達?」
さとみ「なんだよそれ、笑」
少しだけ笑う。
でも、その目は笑ってなかった。
さとみ「疑うなよ笑」
莉犬「……だって、何も覚えてないし」
さとみ「……まぁな」
それ以上は否定しなかった。
ただ、静かにこっちを見てる。
その視線が、やけに真っ直ぐで。
目を逸らせられなかった。
莉犬「……あのさ」
少しだけ迷って口を開ける。
莉犬「俺、どれくらい忘れてるの」
莉犬「お医者さんなんか言ってなかった?」
さとみ「……なにも」
さとみ「まぁでも、安静にしろって」
莉犬「嘘つき…」
莉犬「俺がもしなんも思い出せなかったら」
莉犬「どうなるかわかってるの、?」
さとみ「別にいいだろ、そんなもん」
莉犬「……は」
さとみ「忘れてるなら、またやり直せばいい」
莉犬「……簡単に言うね」
つい苦笑いをしてしまう。
さとみ「簡単じゃねぇよ」
ぽつりと落ちる声。
一言だけだったのに、それは やけに重かった。
さとみ君がゆっくり口を開く。
さとみ「お前が今日を忘れても、」
さとみ「俺はまた、お前の今日を作り続ける」
さとみ「何回でもな」
さとみ「覚悟しとけ笑」
その言葉に、 なぜか胸が締め付けられた。
理由なんて分からないのに。
莉犬「……なんで、そこまで」
小さく聞く。
さとみくんは少しだけ目を細めて、
さとみ「さぁな」
って、いつもの調子で誤魔化してくる。
でも――
さとみ「……好きだから、じゃダメなわけ?」
今度は、ちゃんと届く声だった。
莉犬「それってどういう…っ!?」
香水の香りと共に、頬に短く愛が落ちる。
さとみ「覚えてろよ、バカ莉犬」
さとみ「忘れてたから許さねぇから」
後ろを向く君にかかる夕日の色は、 やけに赤くて美しかった。