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「………と、言うわけでエデンに来たわけ何だが………」

濡れた髪から水滴を滴らせながら、ぐったりと疲れたように座り込む那由多。あの後、女子トイレに入ろうとした那由多は、開けた瞬間に女性の悲鳴と共にバケツの水を掛けられてしまった。数名の神様が中に入っており、化粧をしながら談笑していたのだ。

「だってさ、あんな場所のトイレに人がいるなんて思わないだろう?」

それはそうだが、ノックもせずに入る那由多も那由多だろう。口にはしなかったが、文也も同じ事を思っているはずだ。

「那由多、やっぱりオメー、ただもんじゃねーわ。俺すら超えられない一線を、軽々と越えやがる!」

一人感心している素戔嗚に、深い溜息をついた那由多は、何とか気を取り直して立ち上がった。

「あと少しで、常世の森だ。行こうか」

「は、はい……!」

重いリュックで死にそうになっている文也の背中を押してやりながら歩き出した。

エデンの空気は、高天原商店街とも、オリュンポスとも違っていた。身を切るように冷たいが、胸に吸い込むと体中が浄化されるような清浄な空気だった。此処がエデンの中心部よりだいぶ離れた森と言う事もあるだろうが、まるで森林浴に来ているような気分になる。

「那由多さんは、たまにエデンに来るんですか?」

那由多の監視役であるハロは天使だ。彼女は、メタトロンの命を受けていると言っていた。那由多はエデンの天使達と深い繋がりがあるように思える。

「極まれにね。メタトロンに呼ばれてくることはあるよ。一応、俺の監視役をしているのは、ハロだしね。デヴァナガライを決める際、責任者を決めたらしいんだが、その責任者が、このエデンを支配する神、『唯一神』ってワケだ。その唯一神の奴は、仕事をメタトロンに丸投げして、人間世界を旅行中だっていうんだからな」

「キリスト教でいう神。唯一神。名前はあるんですか?」

「あるような、ないような……。アイツにとって、名前は二の次三の次なんじゃないかな」

「アイツも相当な変わり者だからな」

素戔嗚が言うと言うことは、余程なのだろう。

「ま、この世界じゃかなりまともな部類に入るって事は確かだな。天照大御神や、伊邪那美に比べれば、全然マシだ」

「母ちゃんと姉貴のことを悪く言うなよ」

素戔嗚が小さな声を出すが、那由多は無視だ。恐らく、那由多の言葉に素戔嗚も同じ事を思っているのだろう、それ以上、何も言わなかった。

「この辺りに天使達はいないんですか?」

「天使共の気配はねーな」

素戔嗚は周囲を見渡し、ヨロヨロ歩いている文也の肩を支えた。

「大丈夫か? 貸しな、俺が変わってやるよ」

素戔嗚は文也の背中からリュック下ろすと、軽々と右肩に掛けた。

「ありがとう……助かるよ」

「そんな荷物持ってくるからだよ」

「冒険の基本装備だ……ただし、俺の体力のなさを考慮してなかっただけだ」

「ダメダメだね」

那由多は笑いながらも、やはり頭を巡らせた。

「特に天使はいないな。良かったよ。アイツ等は少し傲慢なところがあるからな。ヘタに因縁をつけられると、面倒な事になる」

「神様にも、その場所場所によって特徴があるんですね」

「そうだな……。日本の神々は、基本的に人間に寄り添って生きてきたから、一番人間味溢れる。オリュンポスの神々は、見た通りのんびりしているかな。西洋の天使達は、利に賢く、杓子定規な奴等ばかりだ。正直、俺は付き合いにくいかな」

「那由多さんは、天使と契約はしていないんですか?」

ドリンクを飲みながら文也が尋ねる。

「いや、ガブリエル、ミカエルと契約はしているよ。……ただ、アイツ等召喚する時間を指定してくるし、分刻みで金銭を要求してきやがる」

「時間ですか?」

「夕方五時以降の召喚はご遠慮願いたい。もし召喚されるなら割増料金が、って具合にさ」

「それは、大変ですね」

「全くだよ」

那由多が肩を竦めたとき、漆黒のゲートが見えてきた。

「那由多さん、あそこが常世の森ですか?」

「ああ、そうだ……」

木々の枝の間から降り注ぐ光。その中にあって、漆黒のゲートは光を一切反射することなく、その内部に光を閉じ込めていた。その異質な佇まいに、典晶は悪い予感を感じずにはいられない。

「ここを抜けたら常世の森だ。典晶君、後は君次第だよ」

「……はい」

那由多の言葉に力強く頷いた典晶は、迷わずに一番最初にゲートを潜った。

狐の嫁入り ~其の壱~ 許嫁は『妖狐』!?

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