―曲作りに詰まった天才は、抱かれて治す―
深夜2時を回った部屋は、静かすぎて息が詰まる。
パソコンの前、スピーカーからは音になりきれない未完成のメロディ。
何度ループしても、その先のフレーズが浮かばない。
「んぅううぅー…あ゛ー……だめだ……」
ソファに沈みながら、元貴はスマホを取り出した。
通話履歴、一番上。
【若井滉斗】
発信ボタンを、無言で押す。
*
30分後。
玄関のチャイムが鳴る音に、元貴は寝間着のままノロノロと立ち上がった。
「開いてる……入って……」
「鍵かけろよ普通……」
顔を出したのは、トレーナーを着てラフな姿の滉斗だった。
「ったく、ほんと曲で行き詰まると即俺呼ぶの、やめな?」
「だって……」
もぞ、とソファに戻りながら、元貴が顔を上げる。
いつもの精悍な雰囲気はなく、目元もだるそうに潤んでる。
「昨日も……一昨日も、ずっと音しか聴いてないんだよ……
もう、脳みその中、断片的なメロディしかなくてさ……どうしようもねえ……」
「寝ろ。」
「寝れないんだってば……」
「飯食った?」
「食ってない……」
「ほら、だから。寝てないし、食べてないから、毎回そうなるんじゃん。」
滉斗が上着を脱ぎながら、台所の方へ歩き出す。
「何か作るから。食って寝ろ。話はそれからな。」
「……滉斗」
「ん?」
「行かないで……」
背後から、シャツの裾を引っ張られる。
振り返れば、ソファに座ったまま、元貴が自分の腕をつかんでいた。
その指先は、微かに震えてる。
「なあ……どうしよ……曲、出てこない……
なんか……ずっと空っぽなまんま、頭ぐるぐるして、苦しい……」
「元貴……」
「滉斗が来たら……なんか、落ち着いたんだけど……
……ねえ、もうちょい、そばにいて?」
それは、明らかに“音楽の相談”の声じゃなかった。
甘えて、求める声。
そして――滉斗だけにしか見せない、弱音の顔。
(……これ、完全に、やられるわ)
ため息交じりに座り直し、滉斗は元貴の手を取った。
「来た時点で、もう全部預ける気だったろ。」
「……うん。」
「もう、しょーがねーな……」
そう言って抱き寄せると、元貴の肩から力が抜けた。
ぴったりと身体を寄せて、喉元に顔を埋めてくる。
「はあぁ……落ち着く……滉斗の匂い、する……」
「お前な、色々危機感持てよ……」
「持ってる。……けど、今だけは……何も考えたくない……」
(今の声……やべぇ、素で甘えてきてる)
「俺が側にいると、作れる?」
「わかんない。でも……滉斗が、俺の中に入ってくれたら……
その熱で、音が出る気がする……」
低く囁かれたその台詞に、滉斗の理性が明確に揺らぐ。
「なにそれ……色っぽいにも程がある……」
「……甘えさせてよ」
「……おい、元貴……」
「……しよ?」
滉斗の胸ぐらを掴んで、元貴はゆっくりと身を乗せてくる。
「俺の曲、滉斗で、満たして……?」
後編へ続く
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