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橙×赤
スタジオには、張り詰めた緊張感と熱気が満ちていた。ライブを控えた大事な時期、いれいすの面々は、新曲のダンスの精度を上げるために何時間もレッスンを重ねていた。
🦁「ちょもう1回! 今のサビんとこ、まろがもうちょいはよ動かんと、りうらとぶつかってまうで!」
ゆうすけの声が響く。メンバー全員が疲れを見せながらも、表情は真剣そのものだ。
🤪「わかっとる! 次はちゃんとやる!」
いふは汗をぬぐい、大きく息を吸い込む。りうらもまた、少し荒くなった呼吸を整えながら、「いける、もう一回やろう!」と力強く頷いた。
曲が再び流れ出す。激しいビートに合わせて、メンバーが所狭しとステージ上を駆け回る。今回の振付は、りうらといふが互いに逆サイドから全速力で駆け寄り、すれ違いざまにステップを踏むという、最もタイミングのシビアな箇所だった。
「せーのっ!」
掛け声とともに、二人は同時にスタートを切った。足音が激しく床を叩く。二人の視線は交差する相手ではなく、自分の行き先を捉えていた。
(よし、今だ!)
りうらが鋭く踏み込む。いふもそれに呼応するように、加速して飛び込む。
二人の距離が、極限まで近づいた――その瞬間だった。
音楽のわずかなテンポの揺らぎと、極限の疲労による視界のぼやけ。そして、互いの呼吸が完全に合わなくなったコンマ数秒のズレが、決定的な事故を招いた。
「――っ!」
二人の身体が、逃げ場のない交差地点で真正面からぶつかり合う。
いふは衝撃で弾き飛ばされ、床を転がった。しかし、より強い衝撃を受けたのは、不意を突かれる形で側頭部をまともに打ち付けたりうらだった。
りうらは音を立てて床に叩きつけられると、そのままピクリとも動かなくなった。
🤪「りうらッ!!」
いふが悲鳴のような声を上げ、自分の頭の鈍痛を無視してりうらに駆け寄る。
しかし、床に横たわったりうらの瞳孔は開き、焦点が全く合っていない。
🐤「……あ、う……」
口元から漏れるのは、苦しげな吐息だけ。
脳が激しく揺さぶられた影響は、すぐに身体に現れた。りうらの喉が、ぐえっ、おえっ、と引きつるような異音を立て始める。
(まずい、脳震盪や……ッ!)
いふは恐怖に顔を青ざめさせながら、動かないりうらの身体を抱きかかえた。
🤪「りうら! わかるか!? 吐くぞ、横向かせろ! ……ッ、おい、しっかりしろ!」
先ほどまで汗をかきながら必死に踊っていたはずの仲間が、今、死んだようにぐったりとして、自分の腕の中で苦しげに喉を鳴らしている。
スタジオに、りうらの掠れた嘔吐の音が響き渡り、いれいすの面々の顔から血の気がサーッと引いていった。
スタジオ内は、さっきまでの活気が嘘のように、凍りついたような静寂に包まれた。
💎「りうちゃん……っ!」
駆け寄ったほとけが、りうらの顔色がみるみるうちに蒼白になっていくのを見て、その場で震え始める。ないこは即座にジャケットを脱ぎ、りうらの頭の下に折りたたんで枕代わりに敷いた。
🍣「おい、りうら! 返事しろ! 俺だよ、ないこ!」
ないこが何度も名前を呼ぶが、りうらの意識は遠いところにあり、ただ荒い呼吸だけが繰り返される。いふは自分の側頭部を打った痛みで視界がチカチカするのを歯を食いしばって堪え、りうらの口元から目を逸らさなかった。
🐤「……っう、おえっ……」
再び、りうらの喉が小さく鳴る。
今度はスポーツドリンクのような透明な液体が、口の端からダラリと垂れ落ちた。
🤪「っ、ごめん……ッ、汚いなんて思わんでいいからな、吐いてまい……!」
いふは自分のTシャツの裾で、りうらの口元を拭いながら必死に声をかける。りうらの身体は、脳震盪による自律神経の乱れからか、寒気を感じているのか細かく震え、脂汗が目に見えて噴き出していた。
🦁「救急車、来るまであと5分……っ!」
ゆうすけがスマホを耳に押し当てながら、他のメンバーに指示を飛ばす。
🦁「ほとけ、氷嚢代えて。しょう、タオル全部持ってきてくれ。りうらの首元冷やしてやって」
全員の動きに迷いはない。いつもは笑い合っているスタジオが、今は救護室のように張り詰めている。
りうらは、意識が戻らないまま、反射的に
🐤「ぐぇっ、……おえぇっ……」
と、何度も何度も虚空に向けて吐き気を繰り返した。中身がほとんど出てしまっているのか、最後には
🐤「けほっ……おえっ、げぇ……」
と、苦しげな乾いた音だけが漏れる。
🐤「……まろ……っ、……」
りうらが朦朧とした意識の中で、いふの名前を呼んだ気がした。
いふは
🤪「ここおるで、大丈夫やからな、りうら」
と、力強くその手を握り返す。りうらの手は驚くほど冷たくなっていた。
🤪「頼むから、もう吐かんとってくれ……っ」
いふの祈るような呟きも虚しく、りうらは再び
🐤「おえぇ……ッ」
と、絞り出すように嗚咽を漏らした。
救急隊のサイレンの音が、遠くから微かに聞こえ始めていた。メンバー全員が、一刻も早くこの苦痛からりうらを解放してやりたいと願いながら、その荒い呼吸と、苦しみに歪む表情をただただ見守ることしかできなかった。
サイレンの音がスタジオのすぐ外で止まり、慌ただしい足音と共に救急隊員が雪崩れ込んできた。
「大丈夫です、意識はありますか!」
隊員の問いかけに、いふが必死に答える。
🤪「意識は混濁してます。衝突して……そのあと何度も戻してて」
ストレッチャーに乗せられ、りうらはすぐさま救急車へと運び込まれた。狭い車内には医療機器の無機質な音と、りうらの掠れた嗚咽だけが響く。付き添いとして乗り込んだいふとゆうすけは、言葉を失ってその光景を見守るしかなかった。
🐤「……ッ、ぐぅ……おえっ、げぇぇ……っ!」
救急車が走り出した途端、揺れに刺激されたのか、りうらの吐き気はピークに達した。意識は完全には戻っていないはずなのに、脳を揺さぶる激しい刺激に、身体が反射的に「おえっ」と反応する。
🦁「ええよ、りうら、吐いてまい。我慢すんな」
ゆうすけがすぐに受け皿を差し出し、りうらの身体を横向きに支える。
りうらは喉を「ぐえっ」と激しく鳴らし、さっきまで何も食べていなかったはずの胃から、胆汁の混じった黄色い液体を何度も吐き出した。
🐤「おえぇ……っ、おぇっ、げぇ……っ!」
救急車の振動が、脳震盪を起こした脳に容赦なく突き刺さる。りうらはそのたびに
🐤「痛い、あたま、いだい……っ」
と掠れた声を漏らし、全身をエビのように丸めて震えた。
「酸素マスクつけます。大きく吸って」
隊員がマスクを当てるが、りうらはその圧迫感と吐き気で、マスクの中でさらに
🐤「おえぇ、おえっ……」
と嗚咽を繰り返す。
いふは、目の前で苦しむりうらの背中を、震える手で何度もさすった。
🤪「ごめん、りうら、ほんまごめん……ッ」
救急車がカーブを曲がるたびに、りうらの身体がわずかに揺れる。そのたびに
🐤「うぐっ、おえっ……!」
と、喉の奥から汚い音を立てて液体が噴き出し、受け皿に溜まっていく。意識が朦朧としているのに、嘔吐の反射だけが止まらない。
「血圧低下してますね。……りうらさん、聞こえますか!」
隊員の呼びかけにも、りうらは返事をする代わりに
🐤「おえっ、……げぇっ……」
と、力なく吐き戻すことしかできない。
冷や汗で顔がぐっしょりと濡れ、目は固く閉じられ、唇は蒼白に血の気を失っている。
病院までの道のり、りうらの身体は何度も激しい嘔吐で跳ね、その苦痛に満ちた嗚咽は、一度として止まることはなかった。いふは、その小さな背中を支えながら、ただ祈るようにりうらの名前を呼び続けていた。