初めて新一に会った時は、天使かなにかかと思った。
その海より深くて濃い宝石のような瞳と目が合ったその瞬間から、俺は新一に心を奪われてしまっていたんだと思う。
新一と会って話したあの日のことを今でも覚えている。
新一と初めて会った日は俺の歳が丁度7つになった時だった。
俺のためだけに開かれた壮大なバースデーパーティー。のはずだが、この会場にいるほとんどは親父のマジック目当てだったり親父のマジック関係者だったりで、会ったこともない人ばかり。
会場もシンデレラなどの童謡に出てくる舞踏会のようで全く落ち着かなかった。
この会場に行く前から新一のことは親父から話を聞かされていた。と言っても、親父の友人とその奥さん、息子も来るとだけ、ふわっとしか話されていなかったし、その時の俺はマジック動画に夢中になっていてあまり話を聞いていなかったと思う。
「親父ぃ…もう帰っていいかな…なんか全然落ち着かないし、ここにきてる奴らほとんど親父のマジック目当てだし…」
俺がむすっとした表情を見せると、親父が俺の頭にぽんっと手をのせてしゃがみ込み、親父が俺の目線に合わせて話す。
「主役のお前が帰ってどうする笑。大丈夫、お前のことを祝おうとしているやつもちゃんといるさ。少なくとも俺はお前の誕生日を心から祝いたいと思っているのだが。それに、帰ってしまったら一人でいることになる。それこそ寂しくないか?」
「…たしかに、それもそうだけどよ…」
俺の誕生日をちゃんと祝おうとしてるやつなんてほんのひと握りだし…なんてごにょごにょとしている俺に親父は手を差し伸べて口を開く。
「快斗、昨日言っていた私の友人の元へ挨拶をしに行こう。安心しろ、その友人は俺のファンでもなんでもないただの友人だ。たしかそいつの息子さんもお前と同じくらいの歳だったしな、仲良くなれるかもしれないぞ?」
「親父のゆうじん…もっ、もしかしてその人も親父みたいにすっげえマジックができるのか!?!?」
「いや、マジックはあまり得意ではないらしい…が、すごく頭がいい。マジックに夢中な快斗は知らないかもしれないが、海外でも有名な推理小説家だ」
「推理小説家…どういうのかはわかんないけど、俺小説は長いし見てるだけでうげってする…」
「まぁそうだな笑。お前はまだ小さいから小説が苦手なのも仕方がない。だが俺の友人は推理小説家だけが取り柄ではないんだ」
「ふうん…」
そうして親父に言われたその友人とやらの方へ挨拶をしにいく。その友人は親父の言っていた通り有名な人物らしく、周りには人が群がっていることに俺はその時気がついた。
「やぁ、来てくれて嬉しいよ、」
「あぁ、久しぶりだな。そちらが快斗くんか」
「まぁな、うちの快斗は誰にでも明るく接することができる。その息子さん…えーと、新一くんといったかな、新一くんともすぐ仲良くなれると思うぞ」
「それは良かった、うちの新一は少々人見知りだったからね……って、新一と快斗くんまるで瓜二つじゃないか!」
「そうなのか…?新一くんの方は前髪で隠れていて中々見えないが…」
「…あのー、黒羽さんに工藤さん、もう少しでスピーチのお時間なのですが…」
「…もうそんな時間か」
「快斗、少しの間だが俺はスピーチをしてくる。新一くんと待っていてくれ」
「えっっ…おい!親父!!」
父親同士の会話が盛り上がっている頃、この後親父たちはスピーチがあるらしく退散してしまった。しかも俺たちを残して…。
幼い頃は誰とでも仲良くできていた俺だったが、初めて会った時の新一は険悪な雰囲気というか、中々仲良くなるのにはハードルが高い感じのムードを醸し出していた。
「…あー、えっと、新一くん、だっけ?俺黒羽快斗って言うんだけど…」
「…うん」
「…俺マジックすっげぇ好きなんだよね!親父ほどじゃないけどちょっとしたマジックもできるし…えーと、俺のマジック見てみない…?」
「いや、いい…マジックあんま好きじゃないから…」
「そっか…ごめん」
この時の予想通り、初めて新一と話した時は全く会話が盛り上がらなかった。それどころかすごく気まずい雰囲気になったのだ。同い年だからってそう簡単に仲良くなれはしなかった。
けれど、新一にも好きなものくらいあるはずだ。そう考え、俺は色々と話題を振ってみることにした。
「し、新一くん、好きなスポーツとかはあるの?」
「…まぁ、得意なのはサッカーかな」
「へぇ、いいよねサッカー!!シュート打つところとかかっけぇよな!!」
「…そうだね」
この話題はダメだ。俺はサッカーに全く興味がなかったし新一の反応も本当にサッカーが好きなのか、というくらい反応がなく無頓着な素振りを見せていた。
「好きな食べ物とかは…?」
「…レモンパイ」
「れもんぱい…?レモンの味がすんの?アップルパイは甘くて好きだけど、レモンはなぁ……じゃなくて!美味しそうだよね!レモンパイ!!」
「嫌いなら別にいい…」
「あ、うん…」
これも失敗だ。ついつい本音が漏れてしまった。この時の俺はレモンパイも知らなかったのだろう。あんなに美味しいのに。
「えーと……新一くんのお父さん小説家って聞いたけど、新一くんも好きな小説とかあるの?」
「!!……あ、あの!…ホームズ!!!シャーロックホームズがすき!!」
新一はやはりシャーロキアンなのでこの話題にだけは食いついてきた。そして、初めて会話が盛り上がりそうな雰囲気にもなった。
だけど、しゃーろっくほーむずとはなんだろうか。小説の名前だと思うけどな…。と、俺はホームズがわからず頭を悩ませていた。
でもここでまた本音を言ってしまえばレモンパイの時と同じようになってしまう。ここは上手く誤魔化しながら話を合わせなければ。と思いそのまま会話を続けることにした。
「お、おう!しゃーろっくほーむずな!!俺も好き!」
「ほ、本当!?!?」
「…も、もちろん!!」
「俺ホームズの本全部揃えてるんだ!!よかったら…えと、快斗くん?も俺ん家来ていいよ!!」
嘘をついていてとても心が痛い、と同時に楽しいというか嬉しいというか、もっと新一と話していたいと思ってしまった。肝心な新一の顔は見えなかったけれど、新一も相当嬉しそうに話していたと思う。
「…俺ね、同い年でホームズが好きな人ってあんまりいないからすごい嬉しいんだ!!」
「…そ、そうなんだ…よかった」
「へへ…笑、話が合う人がいてよかったぁ…」
その時、前髪で隠れていた柔らかい笑みがチラリと見えた。その笑顔に心を掴まれた気がした。
「…新一…くん、?」
「…えっ、どうしたの快斗くん?」
「前髪、避けてもいい…?」
「え…?別に、いいけど…」
そう言われ、分厚い前髪をさっと避ける。瞬間、恋に落ちたのが曖昧から確信へと変わった。ものすごく綺麗な瞳だ。宝石のみたいに輝いていて。そして、すごく美人だった。俺には天使のように見えた。
「あのさ、新一くん…」
「な、なに?」
小さい新一の手をギュッと握った。
そして、
「俺と…結婚して!!!」
こんな注目を浴びやすい場所でプロポーズをしてしまったのだ。
あの時、思ったよりも大きな声が出て会場全員が俺たちの方を見たけれど、幼いね〜、可愛いね〜、などと言われた。俺は本気だったのだが。
少なくとも新一は多分意識してくれたはず…。今は何の変哲もなく俺に喋りかけるから覚えてはいないのだろうけれど。
「しーんいーっち!!おーっはよっ!!!」
「うわぁあ!?………その登場の仕方やめろよ快斗、心臓に悪い…」
「へへ笑、ごめんごめん」
俺がマジックを披露しながら登場すると、新一が可愛らしい声をあげて俺に軽く叱りつける。そんな姿でさえも可愛く見えてしまう新一は存在が罪だ。
「ていうか新一、また眠そうな顔してんじゃん…!推理小説の読みすぎ注意な!!」
「ん…気をつける。てか早く学校行こーぜ。ただでさえ俺ら登校すんの遅いんだし」
「気をつけるって言って気をつけないのが新一だからなぁ…」
こうして、毎日お互いに話しながら登校する。
新一と一緒にいるようになったのは10年ほど前で、今も尚ずっと一緒にいる。
そして俺はあのバースデー会場で新一に心を奪われてしまってから、新一と同じ時を過ごしていけば過ごしていくほど新一が好きで、今ではもう後戻りのできないくらいに新一のことが好きで好きでたまらなくなってしまった。
新一のためなら、新一と一緒にいるためならなんだってしてきた。
新一が好きだと言っていたシャーロックホームズの本を親父に頼んで全て買ってもらい、全て読んで暗記して新一と幅広く話せるようになった。
新一が好きだと言っていたレモンパイも新一のために作ってあげたくて、何度も何度も作り直して練習して新一に美味しいと言ってもらえるレモンパイが作れるようになった。
新一が好きだと言っていたサッカーもいちから練習し始めてサッカー用語も覚えて新一と対等にサッカーができるようになった。
小学校も新一と同じ帝丹小学校に転校したし、中学も高校も新一と同じところに進学した。
全部が全部新一の側にいるためにやったことだ。
「ねーね、新一」
「ん?なに、快斗?」
「新一は好きな人いるの?」
「……いや、いねーけど」
「そっかぁ…」
安心と共にがっくりしたような気持ちにもなった。まだまだ新一に尽くしていかなければならないようだ。
あぁ、早く俺たちの恋が実りますように
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