翌日――モニタールーム。大型モニターには戦場の残骸映像が映し出されていた。
ラビが椅子をガタガタ揺らしながら報告を始める。
「…投降した捕虜から聞き出したけどさ、ライルとクロエ以外の兵士はみんな雇われもんだったわ。しかも相場の何倍もの法外な金でな。……自分が何の戦闘に加担してるのか、詳しいことは誰も知らされちゃいなかった」
アレクセイは机の上に資料を置きながら、苦笑まじりに言葉を継ぐ。
「あと、ヴァルヘッドに付着していたナノマシンを解析したんだけどさ、結果は――とんでもない代物だったよ。俺たちが知ってる既存技術と比べてまるで別物。電撃でほとんど焼かれたけど、残骸を見る限り……遠い別の国の兵器か、あるいは……別の星から来た…それこそ“プレデター”みたいなのの技術かもしれないな」
そう言って、半ば冗談めかしながら笑った。
ラビが勢いよく顔を上げる。
「はぁ!? おいおいマジかよ、それ映画のやつだろ?透明になってジャングルでハンティングするヤツ!……ってことは俺ら、宇宙人に頭蓋骨コレクションされんのか!?」
「あいつらは エイリアンとも戦ったことあるかもね」
アレクセイは苦笑いをして、肩をすくめた。
カイは黙って画面を睨みつけたまま、問いかける。
「……コード・ヴァルガってのは何だ?」
アレクセイの表情が僅かに曇る。
「軍の機密だ。俺も詳しいことは知らされちゃいない。ただ……未確認の兵器が確認されたとき、問答無用で焼き払う――そんな類のコードらしい」
カイはゆっくり息を吐いた。
(……あれだけ戦ってもまだ敵の目的は何一つわからねぇ。だが、敵が何者だろうと構わない。俺が先頭に立ち、仲間を守り抜く。それが、俺に残された役割だ)
カイは拳を握りしめ、心の奥で静かに決意を固めるのだった。
自分たちが狙われる理由は依然として不明。
ただ一つ確かなのは、彼らを取り巻く戦いが「見えない誰かの意志」によって仕組まれているということだった。
モニタールームを出た廊下。
ラビはいつもの調子で手を頭の後ろに回しながら歩いていた。
「いやぁ~しかしな、あのアレクセイの話、半分ジョークに聞こえるのに半分本気っぽいのが怖いんだよな。プレデターだのなんだのって……。なぁカイ、もし本当に宇宙人だったら、お前どうすんだ?」
カイは前を向いたまま、眉間に皺を寄せていた。
「……相手が何であれ、撃ち倒すだけだ」
「おー、カイさんブレないねぇ。そういうとこは尊敬するぜ」
ラビはわざとらしく感心した声を上げるが、カイの顔にはまだ重さが残っていた。
そのまま二人は食堂へ向かい、扉を開けた。
途端に視界に飛び込んできたのは、机に突っ伏した二人の仲間――ボリスとレナだった。
カイとラビは目を見合わせる。
「……なんだこの地獄絵図」
ラビが呟くと、ボリスが顔を上げた。
「昨晩……セリカに会いに行ったんだ」
低い声がこぼれる。
ラビは思わず瞬きをした。
「え、セリカって……」
ボリスはゴーグルをテーブルの上に置いた。
「アレクセイに改造してもらった。これを通せば……幽霊でも、はっきり見える。二か月ぶりに会いに行った。だが……痩せすぎていたせいか、セリカに気づかれなかった。……俺だと、わかってもらえなかったんだ」
ごつい拳が小さく震えていた。
ラビは気の利いた言葉を探したが、見つからず、口を閉ざした。
沈黙を破ったのはレナだった。
「……私だって」
彼女は頬杖をつきながら、苦笑を浮かべる。
「二か月ぶりにここに帰ってきて、会う人会う人にじろじろ見られて……何か言いたそうに間があるのよ。『セクシーになった』って誤魔化す人もいるけど……ほんとは“太った”って思ってるんでしょうね。わざとらしいお世辞は本当に疲れるわ。……でも逆にライルに言われた『肥えた』って言葉も、また腹が立ってきたのよ。あいつのワードセンス、完全に親戚のおじさんじゃない! ……結局、視線も言葉もどっちにしても気を使わなきゃいけなくて……正直、もうしんどい」
ボリスとレナ、それぞれの溜め込んだ思いが食堂の空気に漂った。
そして次の瞬間、二人が同時に声を上げた。
「ああー痩せたい!」
「ああー太りたい!」
その見事なハモりに、カイとラビは耐えきれず大爆笑した。
ラビは腹を抱え、涙を浮かべながら叫ぶ。
「なにこれ! 同時に言うか!? お前らコントかよ!」
カイも珍しく肩を震わせながら笑った。
重苦しい思考も、不安も、この瞬間だけはすっかり吹き飛んでいた。
――こんな仲間を持てて、自分は幸せだ。
カイは笑いながら、胸の奥でそう強く感じていた。
深夜――モニタールーム。
薄暗い照明の下、キーボードを叩く音だけが静寂を刻んでいた。
アレクセイは背中を丸め、端末に表示された軍の機密データベースをひたすら検索していた。
「コード・ヴァルガ……未確認兵器……」
指が止まる。古いフォルダがヒットした。
そこには数十年前の記録が眠っていた。
白黒に近い粒子の荒い写真。
そこに写っていたのは――人間の部隊を包み込む、無数のナノマシンの触手だった。
兵士たちの銃火器は通じず、黒い波のようなそれに飲み込まれていく。
アレクセイの眼鏡にモニターの光が反射する。
「……やはりか」
画面をスクロールする。記録の片隅には“観測のみ、詳細非公開”と赤字で打たれていた。
まるで歴史から消し去られたかのような扱い。
アレクセイは椅子に深く身を預け、吐息を漏らした。
「…すでに遭遇していたのか。……ならば、今の状況も偶然じゃない」
彼はしばし黙り込み、そしてぽつりと呟いた。
「……大きなことが、動き出そうとしているな」
モニターの冷たい光に照らされ、アレクセイの表情は固く結ばれていた。
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