やるのか…?
俺はいつでも逃げられるように腰を少し浮かせた。が・・・
「セイが祖先と同郷であることは間違いない。始皇帝の遺言に従い、この場から退室せよ」
「「「はっ!!!」」」
俺が呆気に取られている内に、皇帝と俺を残して全員が退室していった。
あっ…ナタリーさん……貴女はいてくれた方が……
「すまないな。遺言状には時の皇帝と地球人のみで見るように書かれてあるのだ」
そう言った皇帝の手元には何枚かの紙が収まっていた。
『この手紙を読んでいるということは、私はすでに・・・』
「ちょっと待てっ!いきなりボケが挟んであるぞっ!?」
後世に遺した手紙である時点で生きてるわけないだろ!
そもそも自分が死んだ後の為の手紙なのに……
いや、ツッコんだら負けな気がする……
「どうした?続きを読んでもいいか?」
「ああ。すまん…」
『ま、それは冗談なんだけど。私はこの国を魔族の為に建国したけどどうなっているかな?
魔族が幸せならいいのだけど。
この手紙を読んでいる皇帝は何代目かな?マシュリーではないよね?』
「すまん。マシュリーとは誰だ?」
話の途中だけど長くなりそうだから疑問があったら都度質問しよう。
「マシュリーとは4代目皇帝の名だ。恐らくひ孫である4代目が生まれた時に書いたモノなのだろう」
「そうか。わかった。止めてすまない。続きを頼む」
大往生だったのかな。
同郷の皇帝は幸せな最期だったのだろうか?
その後の手紙の内容はこの様なものだった。
・始皇帝の地球での名前は三上 由奈。
・前世では看護師をしていて、赤十字で赴いた紛争地帯にて争いに巻き込まれ28歳で命を落とした。
・転生したのはジャパーニア皇国になる前の小さな国の貧しい小さな村。
・前世の記憶は3歳ごろにはっきりと思い出した。それまでは夢の出来事の様な感じだったとか。
・紆余曲折あり魔族と遭遇して魔法を学んだ。その恩に報いる為に魔族の助けになると一念発起する。
・前世で亡くなったのは去年のことだった。
・この手紙は終ぞ見つけることが出来なかった転移転生者を保護する目的で遺している。
・逆に余裕があるなら同郷のよしみとして魔族の助けになってくれないか?
魔族の迫害は私達人類のエゴと業だということがツラツラと書かれていた。
「一先ずいいか?」
手紙を読み終わったタイミングで皇帝に聞いた。
「構わん」
「ジャパーニアは何か困っているのか?手紙に書かれていたのは魔族についてばかりだったけど、俺からしたら魔族を贔屓するつもりはない。
人に迷惑を掛けずに頑張って生きている人なら、種族に関係なく助けたいとは思っているからな」
迫害されない様に魔族に権力を与えて、それで人が迫害されたら何してんのかわからんしな。
「まだまだ知らないことばかりだけど、この国は良い国だと思う。
権力を握っている魔族が悪いことをしているとは思えないし、何よりここに来るまでに見てきた国民の表情が晴れていたしな」
難しいことはわからん。
多少貧しくても笑っていられるのであれば、それは幸せだろ?
もちろんこの世界でのこの国の生活水準はかなり高そうだからそれもなさそうだし。
一つ気掛かりなのは小国達かな。
上や傭兵達はいい。自分達の考えや思いで戦争しているんだから。
だけど子供は?力を持たない人達は?
俺にはこの北東部地域に来てからそのことがずっと引っかかっていた。
「困り事か……小さな事を含めると数多くあるが、恐らくそういったことではないのだろうな。
ジャパーニアが長年悩んでいることが一つある」
「それは?」
「小国地域の平定だ」
ん?何か聞いてた話と違うような……
「どういうことだ?アーメッド共王国とジャパーニア皇国は小国達が争ってくれていた方が都合がいいと聞いていたが?
そして、それに向けて動いているようだし」
「表向きはそうだ。大前提として我等皇族と魔族達は平和を望んでいる。
これは魔族の絶対数が少ないからでもあるが、我らの祖である始皇帝は分け隔てなく全てを愛した為だ。
その教えはこの国の教義にも取り入れられており、如何に他国といえど同じ人同士が争うのは間違いだと教えている。
しかし、現実はそううまくいかなかった」
「バランスか?」
小国を平定してしまう障害といえば、同じ大国であるアーメッド共王国との力関係が崩れてしまい、それが原因で小競り合いどころではなく大戦へと移ってしまうことくらいしかわからん。
「それも多少はある。だがそれは軍事力でも経済力でも小国を取り込んだ後のジャパーニアであれば、アーメッド共王国を寄せ付けることはないから、時間の問題で終わらすことが出来るだろう。
それにアーメッド共王国は我が国とは違った理由で戦争を起こさない可能性の方が高い」
ん?じゃあ何で小国の戦争に介入しないんだ?
「一番の理由はこの国の南に存在する大国が原因なのだ」
ここで新しい情報か……
国名覚えられるかな?
「大陸を四分割している北東部、北西部、南東部、南西部があるのは知っているな?
我等の山脈を越えた先にある南東部の覇者『グリズリー帝国』が山脈を越えて虎視眈々と我等の国を狙っているのだ」
「なるほど…でも態々山脈を越えて攻め込む理由は?
軍隊を送り込むにも労力も金も何もかも多大だぞ?
勝っても治めるのも一筋縄じゃいかないほどの交通の便の悪さだと聞いているが?」
これまで大陸を巻き込んだ戦争が起きなかったのは、この山脈のお陰だ。
逆に言うと越えてまで国交を結ぶ利点もないから、この世界の発展の遅さの原因とも言える。
行き交うのはそれだけの労力を使っても割に合う高級品の輸出入や冒険者の出入りが殆どだ。
後は国と国の情報交換に手紙が来るくらいだが、その手紙も冒険者が依頼で運んだり、国の輸送部隊が運んだりだ。
「山脈を手軽に越える技術の発明のせいだ」
そんなものが出来たのか……
といっても、その山脈を通ったことがないからどれだけ険しいのかも知らないけど。
「それがどんなモノか知っているのか?」
「何やら鉄の塔を建てて、そこに丈夫な鉄のロープを通していると、山脈を警戒させていた魔族から報告があがっている」
ロープウェイ?…かな?
だけどあれにはかなり頑丈なワイヤーを作る技術が必要なはずだけど……
「もしかしてだけど…南東部地域は製鉄が盛んだったりするのか?」
「何処でそれを?…いや、愚問だったな。地球の知識か」
「そうだ。しかし、それを作れるのは少し違和感があるな…」
火縄銃すら見たことがない。
それを作る為のネジも。
このチグハグ感は……
「転生者が関わっていそうか?」
俺がそれを疑ったのが分かったのだろう。
これだから帝王学を小さな頃から学んできた奴は嫌なんだよ……賢すぎる。
聖奈さんも実家がお金持ちらしいから、やっぱりそれに近い習い事を幼い時からやって来たんだろうな。
それであんなに残念な性格に……
閑話休題
「そうだな…俺に心当たりのある丈夫なロープは、恐らく鉄で出来ているんだ。
それを作る技術は製鉄技術の中でも色々な歴史を経て造られた技術だったはずだ。
こんなモノに心当たりはあるか?」
俺は魔法の鞄から一対のボルトナットを取り出してカイゼル皇帝へ渡した。
「これは…見たことがないな」
「そうだろう?これはボルトナットと言われる所謂ネジだ。
これはねじ山が刻まれている釘の様なモノなんだけど、まだネジすらも発明されていないこの世界でワイヤーロープが発明されるなんていうのは少し違和感があったんだ」
確か産業革命の時にネジが大活躍したんだよな?
ネジの発明自体はかなり昔らしいけど。
日本では火縄銃の製作で最初にして最大の関門がネジ製作だったと記憶している。
あれ?昔ということは、この世界にネジはあってもおかしくないのか。
馬車にすら使われていなかったから見たこともないけど。
ワイヤーロープが作られたのはそれに比べたら最近だ。
逆にいえばそれまでは必要としない時代だったから発明されなかったとも言える。
用途としては鉱山などで重たい物を運ぶ時に使用したり、鉄でできた大型船でも使用されていたはずだ。
それまでは道具が人力に毛が生えた程度の力しか加えられなかったから必要なかったと。
しかし、今回の出来事はめちゃくちゃだ。
動力は何か知らないが、ロープウェーが前提にある。その為にワイヤーロープを作った。
計画の根底として必ず必要な筈の丈夫なロープ(ワイヤーロープ)がすでに計算の内に入っている。
「鉄のロープは前から南東部地域ではあったのか?」
「いや、聞いたことはない。報告を受けても未だに信じられないくらいだ。
鉄がロープの様に曲がるなど…」
そりゃそうだろう。硬いのに曲がる不思議。
「うん。恐らくだが、転生者がいるかはわからないがこの場所以外の知識が使われているのは間違いなさそうだな」
南東部に天才発明家が居たとして、それなら別の発明をしそうだしな。
仮に南東部のお偉いさんが天才発明家に『百人の重さに耐えられるロープを作れ!』と命じて発明するのもおかしな話だ。
そんな天才がいるのなら『山を簡単に越えられる方法を考えよ』とか、それに似た命令になるはずだしな。
他にもこの世界で発明したとなる可能性は捨てきれないけど、あまりにもピンポイント過ぎる発明だからなぁ。
「事情はわかった。つまり元々は内政が忙しく小国に構っていられなかったから、沢山の人に死なれないように適度に戦争させていたけど、小国の戦争に介入出来る段階にジャパーニア皇国がなった時、南方の国であるグリズリー帝国がこちらにちょっかいを掛けてきたということだな?」
「概ねそうだな。グリズリー帝国は人口1000万を越える大国である。
山脈がなければ今頃ジャパーニアはなくなっていたかもしれぬ」
敵は強大ね……
俺はジャ◯プの主人公じゃないから燃えないよ……
むしろ敵対するものは自分より弱くあれっ!って願うタイプだから。
話はわかったけど……
ここで助けないと、三上さんがまた転生してきて俺が怒られる可能性が……あるのか?
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