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6月の夢路
白い扉を開けた瞬間、足元の感触がすっと消えた。
床はなく、空もなかった。
ただ“音のない空間”が、6人をやわらかく包み込む。
重さも方向も曖昧になり、身体の輪郭さえゆるんでいく。
けれど、視界だけは、はっきりしていた。
目の前には――子供たちの影が並んでいた。
誰も喋らず、誰も動かず。
それでも彼らは、そこに“いる”ことをやめていなかった。
小さな影が、数え切れないほど。
性別も、顔も、輪郭さえも曖昧なその子たちは、まるで“名前を失った記憶の集合体”のようだった。
「……これが、この世界の正体か」
スマイルの声が、空気を震わせる。
その言葉に応えるように、影のひとつが首をかしげた。
まるで「きみは、まだ何もわかっていないよ」とでも言うかのように。
「ここは、“忘れられた子供たちの居場所”だ」
きりやんが、低くつぶやく。
「名前を呼ばれず、記憶にも残らず、でも確かに誰かのそばにいた子たち……」
「その全員が、ここにいる」
影たちは口を開かない。
けれど、沈黙の奥から、確かな“問い”だけが響いてくる。
――おまえたちは、誰を忘れた?
声ではない。感情だけが直接、胸の奥へと流れ込んでくる。
痛みと、寂しさと、ほんの少しの怒り。
「……あの子の名前を、俺たちはまだ思い出せてない」
nakamuが一歩踏み出す。
その足元に、子供の影が一つ近づいた。
その影は、まるでnakamuの背丈に合わせたように大きくなる。
そして、彼の目をまっすぐに見上げてきた。
「俺、ずっと怖かったんだ」
「もし名前を思い出して、その子が“俺たちを許してなかったら”って思うと……」
「だから、思い出せないままでもいいって、逃げてた」
影は、ゆっくりと首を横に振った。
nakamuの心に、かすかな温度が流れた。
それはまるで、“それでも、見つけてくれてありがとう”と言っているようだった。
「俺も……逃げてた」
「ゲームや趣味でごまかして、誰かのことを思い出さないようにしてた」
シャークんが影の中へと進み出る。
「でも、もういい。ここまで来て思った」
「思い出すって、怖いことだけじゃない」
「それは、自分の輪郭を取り戻すことだ」
シャークんの声が消えた瞬間、彼の影の前にいた“子供の影”が、静かに光を放ち始める。
その光は、ほかの影たちへと連鎖し、まるで星が瞬くように空間全体へと広がっていった。
影の中のひとつが、きんときのそばへと来る。
その子は、歌うように手をふるわせていた。
まるで、かつてきんときの歌に合わせて拍子をとっていたかのように。
「……歌、また聞かせてあげたかったな」
彼は目を伏せ、そう呟いた。
返事はない。
でも、その沈黙がすべての感情を物語っていた。
「俺たちはずっと、“存在しないこと”にしてきたんだ」
broooockがゆっくりと口を開いた。
「思い出せば、悲しくなるから」
「思い出せば、後悔するから」
「でも、それでも思い出さなきゃ、あの子たちはずっとこの場所から出られない」
影たちが、少しずつ近づいてくる。
言葉もなく、ただじっと6人を見つめていた。
その数は数えきれない。
けれどその中に、確かに“ひとつだけ違う気配の影”があった。
ひとつだけ、6人の目に“見えてしまった”影。
あの朝、名前を消した“その子”の影。
思い出しかけて、また遠ざかる“名前”。
その影だけが、6人の中心に立っていた。
名前のないその子が、そっと手を差し出した。
6人は、静かにその手に触れた。
誰の手よりも、小さくて、冷たくて、でも、温かかった。
つづく
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