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6月の夢路
6人が手を重ねた瞬間、空間が静かに反転した。
すべての色が滲み、音が遠ざかっていく。
そして次に開いた景色は――
あまりにも静かな、ある放課後の教室だった。
窓からは西陽が差し込み、机の上に長い影を落としている。
外からは、蝉の声。
その季節だけが、しっかりと記憶に焼き付いていた。
そこに、一人の子がいた。
制服の上に白いカーディガン。
首もとには擦れたリボンの跡。
机に伏せて、何かを待っているような背中。
けれど、その子の名前がまだ思い出せない。
顔も見えない。
けれど、それが“あの子”なのだという確信だけが、胸の奥にしっかりと根を張っていた。
broooockが、一歩前に出た。
教室の中は、まるで封印された記憶のように、音も動きもなかった。
けれど、空気だけが少しずつ震えている。
「……あの日だ」
「忘れようと決めた、あの日」
6人の記憶が重なっていく。
あの放課後、全員がこの教室にいた。
黒板に落書きをしていたnakamu。
スマイルは静かに本を読み、シャークんは後ろの席でゲームをしていた。
きんときは鼻歌を歌い、きりやんは日直の仕事を終えて鞄をまとめていた。
そしてその中心に、“あの子”が、確かにいた。
誰かが言った。
「……あの子、いないほうが楽だよな」
冗談半分だったかもしれない。
でも、その言葉が“始まり”だった。
空気が変わった。
笑っていたはずなのに、誰もそれに返事をしなかった。
教室の空気がわずかに冷え、誰も目を合わせようとしなかった。
その日のうちに、全員が口を閉ざした。
次の日から、誰も“あの子の名前”を呼ばなくなった。
まるで最初から、その子がいなかったかのように。
そうしないと、日常が戻らなかった。
罪悪感も、気まずさも、全部なかったことにした。
――そう、“全員で忘れる”ことを選んだのだ。
教室の中央で伏せていたその子が、ゆっくりと顔を上げる。
まだ目は見えない。
声も聞こえない。
けれど、確かに微笑んでいた。
「わたしは、ずっとここにいたよ」
言葉ではなかった。
でも、6人全員の胸に届いていた。
忘れようとしていた記憶の中に、ずっと留まり続けた存在。
「……ごめん」
broooockが小さく、言葉を落とす。
その背中が、震えていた。
「ほんとは……気づいてた。君の笑い方、君の声、君の全部……ちゃんと、覚えてた」
「でも、それを思い出すのが、怖かった」
「忘れたままなら、楽だった」
その言葉に、6人の中で、何かがほどけていく。
影が剥がれ、部屋の空気が柔らかくなる。
“あの子”の姿が、はっきりと浮かび上がっていく。
まだ名前は思い出せない。
けれど、もう“忘れていたふり”はできなかった。
あの日、自分たちが閉ざした扉。
でも今、再びその扉を開くと決めた。
「名前を、思い出さなきゃ」
きりやんが、力強く言った。
「名前を取り戻して、君を、もう一度ここに連れて帰る」
教室の空間が揺れる。
外の景色が反転し、放課後の光が夜へと変わっていく。
けれど、6人の心は今、迷っていなかった。
沈黙の時間が終わり、すべての記憶が、呼び起こされようとしていた。
その扉の鍵は、たった一つの名前。
そしてそれは、もうすぐ――思い出される。
つづく
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