『林檎の樹の下に居た娘はあなたに
手招きをしました。』
そんな文から始まる本があった。
誰も手に取らないような古くさい本。
『その娘は上げた前髪に花櫛を 挿して
いて、可愛らしい見た目をしています。』
そんな彼女は白い手に林檎を持つと
それを貴方へと渡しました。
「綺麗な林檎でしょう?
良ければ一口どうぞ。」
和やかににこりと微笑む彼女の 笑顔と
いえば、花火ですら勝てぬ 美しさです。
「…ありがとォ……」
小さく男性は呟くと少し齧ります。
「どうです?お気に召したかしら。」
そうやって覗き込んでくる彼女の
なんと愛しきことやら。
「おいしィ…」
その言葉に「良かった」と微笑むと
彼女は手を差し出します。 しかし、
その手には林檎も何もありません。
戸惑っていると、不意に
林檎を持っていない右手を握られます。
「え」
「よかったらこの林檎畠を歩いて
回ってみません?きっと新しいことが
いくつも見つかるはずです」
そう言うと、そのまま手を握って彼女は
歩き出してしまいます。
どうしようもない男性は
渋々ついていくしかないようです。
普段ならなんともおもいません。
林檎のなった樹も、足元に散らばる
落ち葉も。 ですが、彼女は違うようです。
落ち葉をみて、落ち葉が落ちる前を
想像して、それを彼に共有します。
林檎のなった樹なら、これからを想像して
少しでも沢山の人に食べて貰えるといいね
なんて、そんなことを口ずさみます。
そうやって物事を捉える彼女の姿勢に
彼は少しずつ見入ってしまいます。
「よし、今日はここまでだァ」
その低い男性の声がしたと共に本は閉じられる。
「えー、もっとみたい!」
小さな子供の声が寝室に響く。
すると、寝室のドアが開いた。
「あらあら、我儘?」
「まァ」
「んふふ、そうねー
__、もう寝ましょう?
あ、そうそう、今日は星が綺麗だった
のよ。お母さんのお話聞きたい人!」
「はーい!!」
小さな子供の声と、その母の声が連なる。
その父もとい旦那は静かに微笑むのみ
だった。あの日を思い出しながら。