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###番犬くんと優等生###
<第六章> 自由への一歩
“決行の夜”
数週間にわたる監視と準備の末、ついにその夜が来た。龍崎の完璧な支配下で「奴隷」を演じ続けてきた春夜の瞳には、かつてのヤンキーとしての獰猛な光が、今や冷たい決意として宿っていた。脱出の機会は、龍崎が深く眠りにつく深夜。彼が春夜の監視を緩める唯一の時間だ。
龍崎は、隣のベッドで規則正しい寝息を立てている。その寝顔は、昼間の優等生のそれと変わらず穏やかで、春夜を支配するドSな本性を微塵も感じさせない。春夜は、その寝顔を憎々しげに睨みつける。この男のせいで、自分はどれほどの屈辱を味わったか。その怒りが、春夜の体に力を漲らせた。
手錠の鍵を外すための道具は、数日前に龍崎が落とした、小さな金属製のピンだった。龍崎が風呂に入っている隙に、春夜が素早く拾い上げて隠し持っていたものだ。手首に食い込む手錠の冷たさを感じながら、春夜は慎重にピンを鍵穴に差し込んだ。数えきれないほどの試行錯誤を重ねてきた成果が、今、試される。カチャリ、と微かな音がした。手錠が、**解放された**。
春夜は、ゆっくりと、音を立てないようにベッドから降りた。軋む木製の床に体重をかけないよう、息を潜めて一歩一歩進む。彼の目的は、トイレの隅にある、あの小さな通気口だった。事前に確認した通り、それは春夜の体には到底通れない狭さだが、彼には秘策があった。
龍崎がいない間に、春夜は部屋の家具の位置を記憶していた。小さな椅子を音を立てずに移動させ、通気口の下に置く。そこによじ登り、通気口の格子に手をかけた。格子はネジで固定されている。春夜は、龍崎の引き出しから拝借した小さなドライバーを使い、慎重に、しかし確実にネジを緩めていった。一つ、また一つとネジが外れていくたびに、春夜の胸に、自由への期待が膨らんでいく。
数時間もの集中と努力の末、ついにすべてのネジが外れた。格子をゆっくりと、音を立てないように引き剥がす。そこから外の冷たい空気が流れ込んできた。春夜は、通気口の奥へと体を滑り込ませた。狭い空間は、春夜の筋肉質な体には窮屈で、土埃とカビの匂いが鼻をつく。だが、春夜は構わず、体勢を捻じ曲げながら、少しずつ前へと進んでいった。
暗く、狭い通気口の中を、春夜は必死に進んだ。彼の意識は、ただひたすらに「外へ」と向かっていた。背後では、龍崎がまだ眠っている。いつ目覚めるか分からない。時間との戦いだった。
やがて、通気口の先に、微かな光が見えた。春夜は、最後の力を振り絞って体を押し出す。ドサリ、と音を立てて、彼は外の地面に降り立った。
冷たい夜風が、春夜の頬を撫でる。全身を覆う埃と、関節の痛み。だが、春夜の目に映るのは、満点の星空と、住宅街の静寂だけだった。
(……やった……!)
地面に両手をつき、荒い息を吐きながら、春夜は静かに勝利を噛み締めた。監禁から解放された、という確かな実感が、彼の全身を駆け巡る。手錠の痕が残る手首を強く握りしめ、春夜は立ち上がった。
龍崎の家から遠ざかるため、春夜は裏道を縫うように走り出した。夜の住宅街は静かで、人気はほとんどない。彼の足は、無意識のうちに自分の家へと向かっていた。途中、コンビニの明かりが目に入ったが、今は立ち止まることすらできなかった。ただひたすらに、自分の「居場所」へと帰りたい。その一心だった。
夜空の下、春夜の足音がアスファルトに響く。自由の空気は、監禁されていた彼の肺に、深く、そして苦しいほどに染み渡っていく。春夜の心には、解放された喜びと共に、龍崎に対する激しい怒りと、そしてどこか満たされない空虚感が渦巻いていた。彼の体には、まだ龍崎の支配の痕が残っていた。
自宅の明かりが見えた時、春夜は思わず足を止めた。見慣れた、しかしどこか遠く感じられる自分の家。春夜は、複雑な思いを胸に、静かに玄関のドアノブに手をかけた。
ついにみなさんのおかげで10話まできました!o(・x・)/
これからも応援お願いします!
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