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帰りの電車では、斗希はスーツの上着の内ポケットから、
読みかけの文庫本を取り出したけど。
それを手にしながらも、開く事はなく私に色々と話し掛けてくれた。
主に、また斗希の過去の話なのだけど、
先程の黒いものとは違い、聞いていて楽しくなるものだった。
やはり、川邊専務の名前はよく出て来て、
斗希にとって川邊専務の存在は、切っても切り離せない存在なのだと思う。
私も、また自分の過去を語った。
それも、また黒いものではなく、
明るい事。
子供の時好きだったアニメや、好きな本の話。
親友の可奈との、ちょっとしたエピソード。
そして、気になっていた事を訊いてみた。
「斗希って、やはりA型なの?」
この人の部屋は知らないけど、キッチンの調理器具や食器類だけじゃなく、
冷蔵庫の中も、凄い整って食べ物が入っているので。
几帳面なA型って感じで。
「血液型って本当に性格とかに関係あるのかな?
俺、O型なんだけど」
その意外な答えに、ちょっと驚いてしまった。
私と同じ、O型なんだ。
「円さんもO型なんだけど。
二度目からはきっちり避妊してたんだけど、ちょっと不安だった。
円さんの子供が、三人ともO型じゃなくて、ほっとしたな」
O型同士からは、O型の子供しか生まれて来ない。
実は、ちょっと気になっていた。
円さんの子供が、全員本当に旦那さんとの子供なのか。
私のその気持ちに気付いて、話してくれたわけではないと思うけど。
「結衣は何型?」
「斗希と同じ、O型」
「じゃあ、もし俺達に子供が出来たら、O型か」
子供かぁ…。
このまま斗希と結婚生活を続けるなら、
それも考えないといけない問題なのかもしれない。
その日の夜は、斗希がパスタを作ってくれた。
本当は今日の昼パスタにしようと、
夕べ買い物をしていたみたいで。
今日の朝も、サンドウィッチを作ってくれていて、
ブランチとして、私の実家へと行く前に二人で食べていた。
「斗希って、夜寝てる?」
夕食後、キッチンで洗い物をしている斗希に尋ねた。
「何、その質問?」
そう笑う目は、クマもないのだけど。
ただ、毎日遅くに帰って来て、
けっこう遅く迄起きているみたいだし、
朝なんか何時に起きているのか知らないけど、
私が起きる頃には、スッキリとした顔で、いつも朝食の準備をしている。
「俺、四時間くらい寝たら、充分だし。
休みの日は、けっこう昼間寝てる。
ほら?結衣、仕事だから知らないだけで」
そう言われ、この人もそうやって休みの日は、だらだらとしているんだな、と少し不思議な気分。
「今日、ごめんね。
せっかくの休みだったのに」
私の実家迄の、遠い道のり。
それに、こうやって朝も夜もご飯の用意をさせて。
休日に、疲れてるんじゃないだろうか?
「今日、楽しかったよね」
そう笑顔で言われ、楽しいだけじゃなかったけど、
全体的には楽しかったか、と、私も笑顔で頷いた。
その後、私はお風呂に入ると、
自分の部屋へと籠る。
いつもと、同じように。
私がそうやって部屋に居る時、斗希がリビングに居るのか、自分の部屋へと居るのかは知らないけど。
ただ、さっき、斗希も風呂を済ませたのは、その物音で分かった。
私はベッドへと入り、斗希に借りているミステリーの本を読んでいた。
それを読み終わり、本を閉じると。
時刻は、23時を少し過ぎたばかり。
今日は疲れているから、斗希はもう眠っているかもしれないな。
そう思いながらも、ベッドから出た。
リビングに行くと電気が消えていて、斗希の姿はなくて。
緊張しているのを感じながらも、
斗希の部屋をノックしていた。
暫くして、どうしたの?、とその扉が開いて、中の光が漏れ出す。
斗希は、パジャマ姿なのもそうだけど、眼鏡を掛けていて。
え、とその眼鏡を見てしまう。
「俺、普段コンタクトなんだけど、知らなかった?」
「うん…」
一緒に暮らしていても、知らないものなんだな。
洗面台とか、色々見たら気付いたのかもしれないけど。
「で、どうしたの?」
「この本、もう読み終わったから。
違う本、借りたくて」
持っていたその本を、上に持ちあげる。
「じゃあ、好きなの持ってって」
斗希は、部屋に私を招き入れるように、
横にずれてくれる。
初めて足を踏み入れる、斗希の部屋。
妙に、ドキドキとしてしまう。
部屋の端にはシングルベッドがあり、
書斎机もある。
わりと広い部屋なのだけど、それを狭くさせているのは、大きな二つの本棚。
その本棚では追い付かないのか、
部屋のすみに積み上げている透明の収納ケース。
その中身は、本。
きっと、その収納ケースの本は、
元々私の部屋に置いていたのだろう。
全体的に、ブラウンで統一された、その斗希の部屋。
「なに?じろじろ見て。
けど、本当に結衣はこの部屋に入らなかったんだ」
キョロキョロとしている私の様子から、
そう思ったのだろう。
「だって、斗希、部屋に絶対入るなって」
「見られて困るものはないけど、
勝手に触られて、置いてる場所が変わるのが嫌だから。
ちゃんと元に戻してくれるなら、俺が居ない時でも、本とか勝手に持ち出してくれていいから」
「え?本当に?」
その提案に、思わず声が弾む。
それに、斗希もクスクスと笑っている。
それがなんだが恥ずかしくて、
私は本棚に近付き、斗希に背を向けた。
斗希の部屋の本棚は、本当に魅力的で。
一瞬見ただけで、読みたいと思う本が、沢山あった。
一つの本に、その手をかけた時。
斗希が、私の背後に立つのが分かった。
その背に、気配を強く感じる程の距離。
「俺、それまだ読んでないから、違うのにして」
その声が、耳元近くに聞こえる。
「いや…これがいい」
その本を引き抜こうとした時。
後ろから、抱き締められた。
私の手が本から離れて、力が抜ける。
「こんな風に、俺の部屋に入って来て。
嫌だって言っても、抱くけど?」
「別に、嫌だなんて言わないけど」
そのつもりで、私はここに来たのかもしれない。
斗希の手が、私の体を自分の方へと向けるように、ひっくり返す。
私の背が、本棚にあたる。
眼鏡を掛けている斗希と、目が合う。
胸の鼓動が段々と強くなり、恥ずかしくなって、
斗希から目を逸らしてしまう。
「俺も恥ずかしいから」
そう言って、眼鏡を外して、それを本棚に置いた。
「見えるの?」
「うん。少しぼやけるけど、近くはわりと見える」
「そう」
私が再び、斗希に視線を戻すと。
斗希の顔が近付いて来て、私は目を閉じた。
斗希の唇と私の唇が重なって、
柔らかさと温もりを感じた。
斗希は唇を離すと、また重ねて来て、
そうやって触れるだけのキスを何度か繰り返した後、
私の口の中に舌を入れて来た。
その舌が、私の舌に絡まる。
その気持ち良さに、頭の芯が痺れて来て、
足に力が入らなくて、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまう。
斗希も同じように床に膝をつき、
そのまま床に私の体を押し倒した。
そうやって、暫く深くキスをしていたけど、斗希からそっと唇を離した。
「さっき、床掃除しといて良かった」
そう言って、私の顔の横辺りの床を撫でている。
床もそうだけど、本棚も掃除が行き届いていて、ホコリ一つない部屋。
「綺麗だけど、背が痛い」
「じゃあ、ベッドへ行く?」
私の言葉に、斗希は笑いながらそう提案してくる。
横を見ると、そのシングルベッドが目に入る。
「うん…」
私が頷くと、斗希が私から体を離した。
私が体を起こすと、
私の手を斗希が握る。
手を繋いだまま、私達はそのベッドの上へと行く。
ベッドの上に座り込んでいる、私と斗希は、照れ臭くて、目を合わせて笑う。
どちらとともなく、引き合うようにキスをして、
私はベッドへと押し倒された。
先程よりも、私の体に斗希の体重が掛かる。
その重みに、安心してしまう。
斗希は慣れた手付きで、私のパジャマを脱がせて行く。
気付くと、私も斗希も下着だけの姿で。
私のナイトブラも外されて、斗希の手が私の胸に触れる。
「結衣、胸大きいよね」
そんな言葉に、顔が火照るくらいに赤くなってしまう。
斗希は私の胸を片方の手で触りながら、
片側の私の胸を、口に含んでいる。
その姿を目に映すとさらに照れてしまい、
目をぎゅっと閉じた。
斗希は、私の体を舐めながら、段々と下へと行き、
私のパンツを脱がすと、足を広げてその場所に顔を埋める。
それに、辞めてと声が出そうになるくらいに恥ずかしさを感じた。
男性に、そうやってその場所を舐められるのが初めてで、
私はどうしていいのか分からなくて、
目を閉じ、漏れそうになる声を圧し殺した。
その後、斗希に求められて、斗希のものを口に入れた。
その行為は、眞山社長で経験があるけど、
上手く出来る自信がなくて、斗希に下手だと思われたらどうしよう、と不安になる。
だから、
「気持ちいい?」
途中で、そう訊いてしまう。
「けっこうね」
そう言って、私の髪を撫でてくれた。
正常位の体勢で、斗希は私の中へと入って来た。
そういえば、避妊具を付けていないな、と思ったけど、
斗希の腰が動くと、そんな事は考えられなくなった。
ふと、夕べもこうやって眞山社長に抱かれた事を、思い出した。
それを思い出すと胸が苦しくなって、
もう二度と眞山社長とあんな風に会わない、と思った。
私がそう思わなくても、もう眞山社長の方が、私と個人的に関わるつもりはないだろうけど。
「結衣」
斗希に名前を呼ばれて、頭の中から眞山社長の事が消え、目の前のこの人の事で一杯になる。
斗希の腰の動きが激しくなって、
思わず大きな声が出て、快楽の波がピークへと達してしまう。
そして、斗希はそれを引き抜くと、
私のお腹の上で、その白い液体を出した。
◇
朝、目が覚めると、
私は裸のままで、斗希に腕枕をされ、
後ろから抱き締められていた。
目の前にある、斗希の左手に私の右手を重ねると、
ゆっくりと握られて、驚いた。
「起きてるの?」
驚いて、訊いてしまう。
「うん。少し前に目が覚めた。
いつもこれくらいに起きてるから」
後ろから聞こえるその声に振り向きそうになるけど、
カーテンの隙間から漏れる朝日で明るいこの部屋で、
今、斗希と顔を合わせるのが恥ずかしい。
「あれだよね。
指輪買わないと。
結衣とお揃いの結婚指輪」
「え?」
斗希の左手の薬指を、触る。
私もそうだけど、そこには何もなくて。
「また、土曜日か日曜日に休み取る。
一緒に、買いに行こう」
「うん」
今まで、指輪の事なんて全く頭になかった。
もしかしたら、斗希は形式的に多少は頭にあったかもしれないけど。
お互い、それを必要に思わなかったから、
それを買うなんて考えなかった。
今、私はそれを必要としていて、
そう提案してくれた斗希も、私と同じだろうか?
「結衣、今日の朝御飯、ご飯と納豆だけでいい?」
そう訊かれ、思ったより朝寝坊したのかと思ったけど。
「朝から、もう一回していい?」
その言葉で、そういう事か、と思った。
斗希は既に私の胸に触れていて、それは始まっていて。
私も、そのままその流れに身を委ねた。
◇
休み明けの月曜日。
少し、複雑な気分で川邊専務とは顔を合わせる。
斗希から昔の事を聞いたからか、
以前にも増して、川邊専務に対して後ろめたいような気持ちを抱いてしまう。
斗希と川邊専務のお姉さんである円さんとの関係をこの人は知らないし、
その他色々、川邊専務に対して裏切りとも言えるような斗希の言葉を、
私は聞いたから。
共犯者のような、気持ち。
「頼まれていた、マリトイトイ社長山本公一(やまもとこういち)氏の経歴等をまとめた資料を、お持ち致しました。
お目通しお願いします」
そのマリトイトイは、K県中心に数店舗展開している、おもちゃ屋。
今日の午後、川邊専務はその社長の山本公一氏と、相手方の社内で会談がある。
「ん?ああ」
執務机に置いたその資料に、川邊専務は早速目を通している。
「あの…川邊専務。
川邊専務から見て、斗希ってどんな人ですか?
前に変な奴だとは聞きましたけど、それ以外には」
業務中に、秘書の私からこうやって仕事に関係のない事を、専務に話し掛けるなんて。
言ってしまった後、何をしているのか、と自分を叱責してしまう。
川邊専務は、その資料から私に視線を向けた。
元々目付きの悪い人だと分かっていても、睨まれているような気持ちになって、怯んでしまう。
「斗希と寝たのか?」
ストレートなその言葉が、私と斗希の関係を、この人に全て知られているような気がした。
実際、この人の言うように、私は斗希と体の関係を持った。
土曜の夜、日曜の朝、日曜の夜。
そして、今朝である、月曜の朝。
既に、4度斗希に抱かれた。
「あいつに抱かれて、マジになったのか?」
こちらから訊いたのに、いつの間にかそうやって私が訊かれていて。
訊かれる事も、私がなんとも答えにくい事ばかりで。
「斗希には、本気になるな」
その言葉に、
「なんでですか?」
思わず、訊いてしまう。
そう訊く事で、先程からの質問をどちらも肯定してしまったような気になり、
「別に、斗希を好きになったとかそんなんじゃないですけど」
そう、言い訳のように口から出た。
実際、自分でもよく分からない。
斗希に対してある気持ちが。
眞山社長に抱いたようなドキドキとした気持ちを感じる瞬間もあるのだけど、
あそこまで夢を見ているようなふわふわした気分もなければ、
相手に対しての服従心や盲目的な感じはない。
だけど、眞山社長の時よりも、
いつも斗希の事を考えてしまう。
眞山社長の時より、斗希の為ならば自分自身を犠牲にしてもいいような気持ちもある。
彼の痛みが、自分の痛みのように感じる。
「俺、昔からのあいつの女関係けっこう知ってるけど。
あいつの横で幸せそうに笑っている女を、見た事ねぇ。
そりゃあ、全部が全部知ってるわけじゃねぇけど」
川邊専務の言う事は、きっと、その通りなのだろう。
斗希が話してくれた女性関係は、中学時代の事だけだったけど。
その後も、きっとそんな感じなのだろうと思う。
「斗希の両親って、どんな人達ですか?」
その質問に、川邊専務は眉間を寄せている。
「もしかして、お前会った事ねぇのか?」
やはり、結婚相手の親に会った事がないのは、とても変な事なのだと、改めて思わされた。
「まだ、会った事ないです」
まだ、と言ったけど、斗希から両親の話を聞いた後、
会わずに済むのならば会いたくないと思う。
多分、私、斗希の両親の前で絶やさず笑顔でいられる自信がない。
だけど、こうやって川邊専務に訊いてしまうのは、斗希の両親に興味があるからだろう。
「斗希の親ってか、あいつの家は、
まるでドラマに出て来る家庭みたいだった」
川邊専務のその言葉は抽象的だけど、
とても的を射ているような気がした。
「なんつーか、料理上手の優しい母親が居て。
いや、それは世間で普通なのかもしれねぇけど。
うちのババアが変だっただけで」
川邊専務の母親の事も斗希から聞いているから、
川邊専務の言う事が分かる。
「あいつの父親は、なんつーか、俳優みたいだったな。
スラッとしてて、けっこうイケメンで。
んで、いわゆるエリートって奴で。
あの辺りで、一番デカイ家に住んでて。
おしどり夫婦だとか、近所でも評判で」
それを聞きながら、斗希から聞いてイメージしていた通りだと思ってしまう。
端から、そう見えているのだろうと。
「胡散臭ぇな、って思ってた」
それに気付くのは、この人が鋭いからなのか、
斗希と仲良かったこの人は、よくその家に出入りしていたからなのか。
「なんつーか、ドラマとかで、嫁が朝ちょっとそこにゴミ出しに行くだけなのに、
きっちり着替えて化粧迄してたり。
旦那も仕事終わって家に帰って来て、部屋着つってもよそいきのような服でソファーに座って本読んでたり。
なんかありえねぇ、みたいなそういうのが、
あいつの家では普通で。
常に演じてるっつーか。
現実的に、そんな家はあるのかもしれねぇけど、あいつの家のそれは、スゲェ嘘臭いんだよな」
斗希の両親は、端から良い家族に見えるように、
そうやって装っていて。
斗希の前では、夫婦愛し合っているように。
だけど、斗希はずっとそれが嘘な事に気付いていた。
「あいつが変な奴なのも、その辺りの影響なのかもな」
斗希の人格形成に、両親の影響は大きいとは、私も思う。
後、幼い頃から側に居る、この人の影響も良くも悪くも受けている。
「川邊専務が言う、斗希が変だと思うのは、どういう所ですか?」
この人は、斗希の何が変だと思うのか?
私のその質問に少し考えた後、
川邊専務は机に置いてたボールペンを手に取った。
「例えば、このボールペンを腕にぶっ刺したら、誰でもいてぇだろ?
痛いけど、それが気持ちいいって刺しまくってる奴が居たら、こいつ変だな?って思うだろ。
んな、感じだ」
え、と自然と口から出てしまう。
そんな感じと言われても、分からない。
「昔からどっかで思っていた。
なんでこいつ俺と一緒に居んだろって。
俺はあいつが好きだから一緒に居たけど。
斗希はそんな感じじゃねぇような気がする」
その言葉に、ドキッとしてしまった。
もしかして、川邊専務は、斗希が川邊専務に抱いている、その気持ちに気付いているのだろうか?
好意に隠されるようにある、この人に対する憎悪を。
それとも、実は逆なのか…。
憎悪の中に、好意があるのか。
そう思うと、先程のボールペンの話も分かるような気がした。
「あ、後あれだ!
あいつ、男の癖にAVとかそれ系を妙に毛嫌いしてて、ぜってぇ観ねぇし。
なんかすげぇ変な奴だなって」
それは…斗希にはトラウマがあって…。
と、思いその誤解を解いてあげたいけど。
それは、言えない。
「それと、小林。
俺が今日会うのは、マリトイトイの社長じゃなくて、弟で副社長の山本礼二(やまもとれいじ)の方だ。
だから、そうお前には頼んだはずだが」
そう言われ、え、嘘、と自分の記憶を遡る。
今日の朝一、内線で川邊専務から私にその指示があった。
社長と副社長を聞き間違えた…。
いや、それ以前に。
私は胸ポケットから、小さな手帳を取り出した。
そこには、今日川邊専務が会談するのは、副社長だと私の字でしっかりと記されている。
「すぐに、副社長の山本礼二氏の経歴をまとめて来ます」
「いや。いい。
お前なっかなか来ねぇから、待ってる間、ネットで見たから。大体分かった」
「そうですか…」
この人、意外にそうやって嫌味とか言う人なんだ。
「私生活で何があんのかは知らねぇけど、
仕事に迄支障をきたすな」
「はい。
申し訳ありませんでした」
浮わついて仕事をしていた自分を恥じてしまう。
川邊専務に頭を下げるけど、
顔を上げてから、まともにもうこの人の顔が見られなかった。
忘れた訳じゃないけど、この人の方が私以上に、私とこうやって仕事をする事に抵抗があるのに。
この人は、それなのに仕事上変わらず私に接してくれている。
もうこれ以上、この人に関わる事が、苦しい。