テラーノベル
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大聖堂の重厚な扉が開くと、パイプオルガンの荘厳な音色が降り注いだ。バージンロードの先には、皇帝陛下をはじめ、高位貴族たちがずらりと並んでいる。
向けられるのは、冷ややかな視線。
そこかしこから、ひそひそと囁きが漏れた。
『殿下もお気の毒に』
『よりによって、あのヴァンクロフト公爵令嬢とは……』
私はカイル殿下の腕へ手を添え、祭壇へと歩みを進めた。触れた腕は、強張っていた。
横目で見上げる。彫像のように整った横顔には、相変わらず一片の感情もない。
(……すましていられるのも、今のうちよ)
前世では、夫の顔色を窺い、嫌われないよう縮こまって生きてきた。でも、今は悪役令嬢ソフィアだ。愛されないなら、愛される努力なんてしない。
(私を踏みにじったこと、後悔させてやるわ)
祭壇の前で立ち止まる。司祭の長い祈りが終わり、誓いの言葉へと移った。
「新郎カイル。あなたは、ここにいるソフィアを、病める時も健やかなる時も、妻として愛し、守り抜くことを誓いますか?」
「……誓う」
まるで契約書でも読み上げるような、温度のない声だった。
(昨日『一生愛さない』と言い放った男が、よく言うわ。……まあ、私も人のことは言えないけれど)
そして、最後の儀式――誓いの口づけ。カイル殿下の手によって、ベールがゆっくりと持ち上げられる。
至近距離で、視線が合った。けれど、その瞳は私を透過して、どこか遠くを見ている。彼はわずかに眉をひそめ、形だけの口づけを落とそうと身を屈めた。唇ではなく、頬へ。それも、触れるか触れないか程度で終わらせるつもりなのが見え見えだった。
(……なめられたものね)
昨日の言葉が、脳裏に蘇る。
『世継ぎのため、子は一人必要だ。だが――それ以外でお前と関わるつもりはない』
怒りの導火線に、再び火がついた。彼が頬へ唇を寄せようとした、その瞬間。私は素早く首に腕を回し、力強く引き寄せた。
「――っ!?」
カイル殿下の目が、大きく見開かれる。正面から、その唇を奪った。
「……ん!?」
大聖堂がどよめきに包まれた。当然だ。新郎からの誓いの口づけを、新婦である私の方から堂々と奪ったのだから。
(そんなもの、知ったことじゃないわ)
逃すまいと、もう一度唇を重ねた。完全に不意を突かれたらしい。さっきまで氷像のようだった男が、私の腕の中でぴたりと固まっていた。
(……あれ?)
すぐに拒絶されると思ったのに。それどころが――。宙を彷徨っていた彼の手が、ぎゅっと私の腰を掴んだ。
「……っ」
小さく漏れた息。薄く目を開け、彼を盗み見る。耳まで赤く染まり、呼吸が乱れていた。
(あらあら、これはもしかして……?)
ゆっくりと顔を離した。
「は……っ」
カイル殿下が大きく息を吸う。いつもの冷静沈着な態度は、見る影もない。呆然と私を見つめていた。
そのあまりにも初々しい反応に、確信した。この男、『氷の皇太子』なんて呼ばれているけれど――経験ゼロじゃない?!
「き、貴様……何の真似だ……っ」
「あら?」
私は何食わぬ顔で微笑んだ。
「夫婦になったのですもの。口づけくらい、挨拶でしょう?」
「今のが挨拶に見えるかっ!」
初めて聞く、感情むき出しの声。
(あらあら。ムキになっちゃって)
乱れた彼の襟元へ指を伸ばし、そっと整えてやる。
「世継ぎが必要なのでしょう? 殿下」
「っ……!」
「そんな可愛らしい反応で、お務めを果たせますの?」
「な……っ」
「……夜が楽しみですこと♡」
カイル殿下は皇太子としての威厳を取り戻そうと、鋭い目で睨みつけてきた。けれど――。頬を赤く染めたままでは、まるで迫力がない。
(ふふ。いい気味)
(これは……わからせるしかないわね)
コメント
1件
うわっ……第3話、めっちゃ良かったです🥀💞 「復讐のキス」ってタイトル通り、ソフィアが自ら唇を奪うシーン、鳥肌立ちました。氷の皇太子がまさかの経験ゼロで耳まで真っ赤になってるところ、可愛すぎて笑っちゃった…! 「夜が楽しみですこと♡」の最後の台詞、ゾクッとしました。続き、気になります…!
ひより
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