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第十章 黒豹の回診
ナースステーション。
朝のざわめき。
カルテをめくる。
キーボードの音。
笑い声。
その中に混ざって――
「でさ、どっち派?」
翔太💙「え?」
顔を上げる。
看護師①「黒豹か、狼かって話」
看護師②「私は断然黒豹」
看護師①「え〜絶対狼でしょ」
翔太💙「……なにそれ」
看護師②「え、知らないの?」
看護師①「目黒先生と阿部先生のことだよ」
翔太💙「あぁ……」
思い出す。
黒い瞳。
優しい笑顔。
看護師②「で、翔太は?」
翔太💙「えっ俺!?」
一斉に視線が集まる。
翔太💙「いやその……」
少し考える。
翔太💙「……どっちも怖いです」
一瞬の沈黙。
――爆笑。
看護師①「なにそれ!」
看護師②「新しいタイプきた!」
翔太💙「だって本当に怖いですし!」
看護師①「黒豹はね〜近寄ったら終わり」
看護師②「狼は気づいたら囲われてるタイプ」
翔太💙「どっちもダメじゃないですか!」
看護師③「いやいや、最近はさ」
看護師①「ん?」
看護師③「佐久間さんもアリじゃない?」
看護師②「あ〜分かる!」
看護師①「分かる!?あれ危険でしょ!」
看護師③「絶対楽しいタイプ」
看護師②「でも食われるやつね」
翔太💙「食われるって何ですか!?」
看護師①「あと忘れてない?」
看護師②「……あ」
看護師①「特別室の“舘様”」
一瞬、空気が変わる。
看護師③「出たロイヤル」
看護師②「あれは別枠でしょ……」
看護師①「近寄ったら終わりとかのレベルじゃない」
看護師③「人生変わるやつ」
翔太💙「怖い話ですか?」
看護師②「一番怖いかもね〜」
翔太💙「やめてください!」
ナースステーションに響いたナースコール。
ラウ🤍「新人の仕事だよ」
ひらひらと手を振るラウール。
翔太💙「はいっ」
翔太💙「どうなさいましたか?はいっすぐ伺います」
昨夜急患で運ばれてきた、佐久間さんの部屋からだった。
なんでも、大事なお願いがあるらしい。
勢いよく立ち上がる。
――ゴンッ
翔太💙「いったぁ!?」
ワゴンに思いっきり膝をぶつけた。
一瞬の沈黙。
――次の瞬間。
「大丈夫!?」
「ちょっと翔太〜!」
「もうドジ!」
ナースステーションに笑いが広がる。
翔太💙「だ、大丈夫です……っ」
膝を押さえながら、じわっと涙目。
ラウ🤍「ほらね」
くすっと笑う。
ラウ🤍「気を付けて」
翔太💙「はいぃ……」
ひらひらと手を振られながら、
今度はゆっくり歩き出した。
翔太💙「501号室に向かいます」
〝気を付けて〟
さっきの笑い声が、
まだ背中に残っていた。
少しだけ、気持ちが軽くなっていた。
すれ違う視線が、
一瞬だけ足元に落ちる。
翔太💙「はぁ……憂鬱」
コン、コン、コン
翔太💙「失礼します」
大介🩷「よぉ翔太……おれの専属看護師さん」
翔太💙「専属ではないです」
大介🩷「なぁここは特別室ってねえの?」
翔太💙「えっと……それはそのぉー」
蓮 🖤「残念ながら、現在空きがありません」
颯爽と白衣をひらつかせて登場した。
腕をまくる仕草。
黒いYシャツから覗く腕。
……なんでこの人、
こんなに格好いいんだろ。
蓮 🖤「見惚れないでくれる?仕事中だよ」
翔太💙「自惚れないでください」
蓮 🖤「言うねぇ」
大介がベッドの上で笑った。
大介🩷「いいねぇ。気の強い子」
翔太💙「患者さんは安静にしてください」
大介🩷「安静にしてるよ?」
ベッドに寝転んだまま、
にやりと笑う。
大介🩷「だからさ」
翔太を見る。
大介🩷「退屈なんだよ」
目黒がカルテをめくる。
パラッ。
蓮🖤「頭部外傷」
淡々とした声。
蓮🖤「退屈するくらい元気なら問題ない」
大介🩷「冷たいなぁ先生」
少し身体を起こす。
大介🩷「なぁ翔太」
翔太💙「呼び捨てやめてください」
大介🩷「専属看護師だろ?」
翔太💙「違います」
大介🩷「じゃあさ」
指で翔太を指す。
大介🩷「この子貸してよ」
沈黙。
目黒がゆっくり顔を上げた。
黒い瞳。
佐久間を見る。
蓮🖤「却下」
即答だった。
佐久間が笑う。
大介🩷「なんで?」
目黒はカルテを閉じた。
パタン。
蓮🖤「俺の患者だから」
翔太💙「え?」
大介🩷「へぇ」
面白そうに目を細める。
大介🩷「独占欲?」
蓮🖤「違う」
少し間。
蓮🖤「仕事だ」
大介🩷「嘘だね」
翔太💙「嘘じゃないです!」
大介が笑い出す。
大介🩷「ははっ」
天井を見上げる。
大介🩷「この病院面白いな」
目黒は腕時計を見る。
蓮🖤「回診だ」
翔太💙「え?」
蓮🖤「行くぞ」
翔太💙「はい?」
大介🩷「えー」
大介が手を振る。
大介🩷「また来てね翔太」
翔太💙「来ません」
大介🩷「冷たい……あぁ頭痛くなってきたかも……」
翔太💙「えっ?」
思わずベッドに駆け寄る。
翔太💙「だっ大丈夫???
手握る?それとも背中スリスリする?」
大介🩷「フハッこりゃ大変だな先生」
伸びてきた腕が、腰に回り引き寄せられるように
密着した。
翔太💙「ちょっ……」
大介🩷「あんまり優しすぎると……」
俺の手の甲を撫でた佐久間さん。
翔太💙「……っ////」
下へと降りた手がお尻を撫でた。
大介🩷「食べられちゃうよ可愛子ちゃん♡」
翔太💙「先生、この人元気です」
先生はドアへと向かって歩き出した。
振り向かない。
代わりに、小さく息を吐いた。
蓮🖤「はぁ――渡辺」
翔太💙「はい!」
蓮 🖤「いつまでそうしてるつもりだ?」
蓮🖤「ついて来い」
慌てて後を追った。
廊下。
紫のカーペットの上を、白衣が静かに進んでいく。
革靴の音だけが廊下に響いた。
コツ。
コツ。
病院の朝はいつも騒がしいはずなのに、
目黒先生と歩いていると、なぜか周りの音が遠くなる。
少し後ろを歩きながら、その背中を見ていた。
広い肩。
無造作にまくった白衣の袖。
手首の血管。
――さっきより、ずっと格好よく見えた。
ふいに足が止まる。
振り返った黒い瞳。
蓮🖤「見すぎ」
翔太💙「見てません」
蓮🖤「嘘だ」
少しだけ口元が緩む。
慌てて視線を逸らした。
目黒先生はそのまま次の病室のドアを開ける。
簡単な問診。傷の確認。カルテに短いメモ。
説明は少ない。
けれど患者は皆、納得したように頷く。
――すごい。
言葉が少ないのに、全部伝わっている。
少しだけ尊敬の目で見てしまった。
蓮🖤「何」
翔太💙「いえ」
蓮🖤「言え」
翔太💙「……すごいなって」
一瞬だけ沈黙。目黒先生はペンを止めた。
そして小さく言う。
蓮🖤「今さら?」
翔太💙「え?」
蓮🖤「俺は天才外科医だ」
翔太💙「自分で言います?」
蓮🖤「事実だ」
翔太💙「自惚れです」
目黒はくすっと笑った。
そのとき。
廊下の向こうから白衣が歩いてくる。
静かな足音。空気が変わった。
亮平💚「楽しそうだね」
振り向く。
翔太💙「阿部先生」
阿部は俺たちを見比べる。
視線が、ほんの一瞬だけ俺に止まった。
亮平💚「回診?」
蓮🖤「終わった」
亮平💚「そう」
短い沈黙。
亮平💚「じゃあ次は内科だね」
翔太💙「え?」
亮平💚「新人は色々見るべきだから」
蓮🖤「必要ない」
亮平💚「必要あるよ」
二人の視線がぶつかる。
廊下の空気が少し冷たくなる。
その間に挟まれて、完全に固まっていた。
阿部が小さく笑う。
亮平💚「翔太」
翔太💙「はい」
亮平💚「回診どうだった?」
翔太💙「えっと……」
少し考える。
翔太💙「怖かったです」
沈黙。
そして。
目黒が吹き出した。
蓮🖤「ははっ」
翔太💙「笑わないでください!」
阿部も小さく笑う。
亮平💚「それは正直だね」
目黒はまだ少し笑っていた。
蓮🖤「怖いか」
翔太💙「怖いです」
蓮🖤「そうか」
少しだけ近づく。
黒い瞳が覗き込む。
蓮🖤「そのうち慣れる」
翔太💙「慣れません」
阿部がため息をついた。
亮平💚「翔太」
翔太💙「はい」
亮平💚「行こう」
そのとき。
目黒の手が、俺の腕を軽く掴んだ。
強くはない。でも離れない。
蓮🖤「渡辺」
翔太💙「はい?」
黒い瞳が静かに下へと向けられた。
蓮🖤「ひとりで履けたのか?」
少し間。
翔太💙「えっと……」
視線を彷徨わせる。
翔太💙「……履けませんでした」
阿部が吹き出した。目黒は少しだけ眉を上げた。
蓮🖤「今朝のは……そう言うことか」
少し間。
蓮🖤「ウカウカしてられないな」
黒い瞳が一瞬だけ阿部へ向いた。
その表情は、少しだけ楽しそうだった。
――黒豹が、獲物を見つけた顔をしていた。
ナースステーションに戻ると、
「どうだった!?」
一斉に囲まれる。
翔太💙「怖かったです……」
看護師①「でしょ!?」
看護師②「で、どっち派?」
翔太💙「……」
少しだけ考えて、
翔太💙「……黒豹は怖いです」
翔太💙「でも……ちょっとだけ、かっこいいです」
看護師①「はい出ましたー!!」
看護師②「沼入り確定ー!!」
翔太💙「違います!!」
ナースステーションのざわめきが、
少しだけ遠くに聞こえる。
ナースコールの音。
誰かの笑い声。
カルテをめくる音。
その全部が、いつも通りで――
なのに、どこか違っていた。
窓の外では、春の光がやわらかく差し込んでいる。
窓辺に置かれたスイートピーが、風にやわらかく揺れていた。
その淡い紫だけが、静かに目に残る。
知らないうちに、何かが、少しだけ変わっていた。
まだ名前のない感情だけが、胸の奥に残った。
コメント
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最後、💜の「面白いねぇ」か「モテるねぇ」がないと調子狂うんですけどー笑