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第十一章 甘やかす狼
翔太💙「お大事になさってください」
内科の仕事にも、少しずつ慣れてきた頃。
――あれから、何日か経っていた。
ストッキングだけは、まだひとりで履けない。
……あの朝のことを、思い出してしまう。
カルテの置き場所も、
ナースコールの音も、
もう迷わなくなっていた。
――たぶん、ちゃんとやれてる。
診察室。
患者の話を聞きながら、
亮平は静かにキーボードを打っている。
カタ、カタ、とやわらかな音。
視線は患者に向けられたまま、
必要なときだけ、静かにモニターへ落ちる。
すぐに戻るその目が、
ちゃんと相手を見ていて――
長い指が、滑らかに鍵盤の上をなぞるように動く。
その動きが妙に綺麗で、目が逸らせなかった。
――なんか、落ち着く。
内科の仕事は楽しかった。
亮平はすごく優しくて、教え方も丁寧だ。
怒られることもないし――
それに……
翔太💙「うわっうまっ」
翔太💙「ん〜最高♡」
亮平は甘やかすのが天才だ。
亮平💚「少しは慣れた?」
翔太💙「はいっ」
亮平💚「じゃあ」
少しだけ目を細める。
亮平💚「ストッキングも、もう大丈夫?」
翔太💙「それは……」
亮平💚「ふふ、まだなんだ」
亮平💚「仕方ないな。また手伝ってあげる」
亮平💚「ふふっホイップ付いてる」
頬杖を付いて、ショートケーキを頬張る俺を
幸せそうに眺めている。
伸びてきた長い指。
人差し指で、唇に触れた。
亮平💚「上手く取れないな……もう少し顔を近付けて」
翔太💙「こっ……こうですか?」
翔太💙「んっ///せっ……んせ」
顎を取られ上向きにされると、唇が触れ合う。
舌で上唇をなぞるように舐められて、
身体が跳ねる。
亮平💚「口開けて」
翔太💙「まっ……待ってせんせい」
蓮🖤「朝から盛るなよ……」
口の端をぺろりと舐めて、離れていく。
〝チッ〟と舌打ちをしたその表情は
先程と違って怖かった。
蓮🖤「お前ここへ何しに来てるんだ?」
冷たい目で睨まれる。
言い訳のしようもなく、項垂れる。
翔太💙「すいません」
蓮🖤「やる気ないならさっさと辞めろ」
蓮🖤「迷惑だ」
亮平💚「そんな言い方しなくても、悪いのは俺だ」
亮平は静かに立ち上がった。
さっきまでの柔らかい空気が、
少しだけ変わる。
亮平💚「翔太はちゃんと頑張ってる」
蓮🖤「甘やかすな」
短い言葉。
診察室の空気が一瞬だけ冷えた。
亮平はため息をつく。
亮平💚「新人だよ?」
蓮🖤「だからだ」
黒い瞳が翔太を見る。
逃げられない視線。
蓮🖤「ここは遊び場じゃない」
胸が少しだけ痛くなる。
俺はただ俯いた。
翔太💙「……すいません」
亮平が小さく首を振る。
亮平💚「謝る必要ない」
そのとき。
蓮が一歩近づいた。
距離が一気に詰まる。
蓮🖤「仕事覚えたいのか?」
翔太💙「覚えたいです」
蓮🖤「なら」
少し間。
蓮🖤「甘えるな」
その声は冷たい。
でも――
どこか本気だった。
俺は思わず顔を上げた。
黒い瞳が真っ直ぐ見ている。
蓮🖤「午後」
翔太💙「はい?」
蓮🖤「手術入る」
一瞬、頭が止まる。
翔太💙「え?」
蓮🖤「見学」
翔太💙「えぇ!?」
亮平が眉を上げる。
亮平💚「ちょっと待って」
蓮🖤「嫌なら来なくていい」
俺は慌てて首を振った。
翔太💙「行きます!」
蓮は小さく笑った。
ほんの少しだけ。
蓮🖤「そうか」
そして振り返る。
白衣がふわりと揺れた。
蓮🖤「遅れるなよ」
静かな足音。
診察室から出ていく。
コツ。
コツ。
廊下に響く革靴の音。
しばらく沈黙が落ちた。
亮平がため息をつく。
亮平💚「ほんとに不器用だな……あいつ」
翔太💙「え?」
亮平💚「怒ってるわけじゃないよ」
少し笑う。
亮平💚「期待してる」
俺はきょとんとする。
翔太💙「そうなんですか?」
亮平💚「うん」
少しだけ目を細めた。
亮平💚「あんな顔で新人を手術に呼ぶなんて」
翔太💙「……?」
亮平💚「かなり珍しい」
胸が少しだけ高鳴る。
翔太💙「手術……」
亮平💚「怖い?」
翔太💙「……ちょっと」
亮平はくすっと笑う。
亮平💚「大丈夫」
コーヒーを一口飲む。
亮平💚「黒豹は」
少し間。
亮平💚「世界一うまい外科医だから」
亮平💚「初めて?」
コクリと頷く。
あまり、血とか……得意じゃない。
亮平💚「目瞑って……」
亮平💚「おまじない、かけてあげる」
少しだけ距離が近づく。
亮平💚「怖くなくなるおまじない」
そう言って、唇のすぐ近くに触れた。
翔太💙「おまじない?」
小首を傾げる俺の肩に、
亮平の手がそっと触れた。
その手は温かい。
でも――
瞳は鋭く、
俺の目を捉えて離さなかった。
亮平💚「翔太の瞳……青いね。綺麗だ」
――昔。
「翔太の目、青くて綺麗ね」
優しい声が、ふっと蘇る。
胸の奥が、きゅっと締まった。
翔太💙「……っ」
息が、うまくできない。
気づいたら、視界が滲んでいた。
亮平💚「……そんな顔、するんだ」
そっと、指で涙を拭う。
亮平💚「大丈夫」
亮平💚「ここにいるから」
ほんの少しだけ、額が触れる。
亮平💚「どこにも行かない」
優しく頰を包んだ長い指が
輪郭をなぞるように唇に触れ
ひとつ、キスが落ちた。
〝しーっ〟
人差し指を立てた亮平。
亮平💚「おまじない溶けちゃうといけないから、秘密だよ」
両手で口を覆った。
触れた場所が熱く、
じわりと顔全体に広がっていく。
亮平💚「……落ち着いた?」
翔太💙「おまじない効く前に、僕が溶けちゃいそう」
亮平💚「まぁなんて可愛いの」
窓の外。
春の光が温かく差し込む。
春風が、落ち葉を運んでカラコロと音を立てる。
ドキドキと鳴る胸の音は、それでも消えることはなかった。
その頃――
病院の別の階。
モニターの並ぶ部屋。
コーヒーの匂い。
辰哉💜「……」
理事長はモニターを見ていた。
そこに映るのは
黒豹
狼
そして
雪うさぎ。
辰哉💜「なるほどねぇ」
小さく笑う。
辰哉💜「今度は手術か」
コーヒーを一口。
辰哉💜「恋の巨塔だねぇ」
モニターの中で
黒豹と狼が
雪うさぎを挟んで立っている。
辰哉💜「いいねぇ」
コーヒーを一口。
辰哉💜「ちょっとスパイス、足してみよっか」
少し笑う。
辰哉💜「恋にはスパイスが重要だからね〜」
コツ、コツ、コツ。
綺麗に磨かれた、ブランド物のハイヒール。
黒光りする足元に、上品なアクレットがキラキラと光っている。
短いタイトスカート。
綺麗なロングの髪が揺れる。
事務長「また覗き見ですか?趣味悪いですよ」
辰哉💜「好きなんだもの。人の恋愛。俺たちも第二段階に突入しちゃう?」
事務長「セクハラで訴えますよ。理事長、学会へ行くお時間ですよ」
登りかけた朝日が、厚い雲に覆われる。
暗雲立ち込める、雪達磨大学病院。
翔太を取り巻く環境が、日々変化していく。
――そして、午後。
黒豹の手術が始まる。
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