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「ふぅ……。今日もなかなかハードな1日だった……」


 ……でも。なんだろう、この高揚感は。俺を物悲しい気持ちにさせていた夕日さえも、今日は温もりを感じられた。いつものように、通学路をひとりで帰っているだけなのに。


「氷河くん……!」


 ひとりぼっちの背中を、呼び止める声が響いた。その人の表情は、俺の分を引き受けているかのような切なさを滲ませていた。


「生瀬さんの生き霊さん。ど、どうしたんですか……? そんなに悲しそうな顔をして……」


「だって、氷河くんが助けてくれたのに……! 私の本体は、お礼も言わないなんて……!」


 そう言うと、生き霊さんは俯いてしまった。今まで、同一人物なのに性格が全然違うと思っていた。でも、そんな訳なかった。やっぱり、生き霊さんも生瀬さんなんだ。だって、こんなに優しいじゃないか。


「ははっ……! 大丈夫ですよ。だって、生き霊さんは、生瀬さんの強い想いで俺の前に現れるんですよね? 今だって、そうなんですよね?」


「あっ……」


 そうだ。お礼ならもう十分すぎるくらい貰っている。生き霊を飛ばすくらい、生瀬さんは俺のことを想ってくれているのだから。


「それだけで、俺は十分ですよ」


「……でも、言わせてください。ありがとう、氷河くん……!」


「ど、どういたしまして……」


 生き霊さんに、いつものような笑顔が戻った。今まで、生き霊さんには苦手意識を抱いていた。でも、今は胸が苦しい。生瀬さんを見ている時と、同じように。……そんな時、ふと、辺りの風景に視線を落とした。


「そういえば、ここでしたよね。生き霊さんと初めて出会ったのは……」


 そうだ。謎の黒い影に追われたのはここだった。あの時は生き霊の存在を知らなかったから、ただただ、恐怖でしかなかった。足音がずっと、俺のことを追い掛けていたっけ。


「えっ……? なんのことですか……? 私はあの時、氷河くんの家へ直行したので、こんなところ、通ってないですよ……?」


「…………え?」


 背筋が凍った。俺は、今までずっと、あの時の影は生瀬さんの生き霊さんだと思っていた。でも、生き霊さんがこんな嘘をつく訳がない。じゃあ、あれは一体なんなんだ!?


「北極、氷河……」


 ドス黒いような、そんな声が響いた。振り返ると、俺の背後には、いつも不良グループを率いているリーダーの姿があった。でも、今はたったひとりだ。


「お前は……。いや、なんか雰囲気が……」


 いつもと様子が違う。生き霊さんのピンク色のオーラのように、奴の身体を、禍々しい黒いオーラが包んでいた。負の感情を纏わり付かせたようなそのオーラを見て、一気に鳥肌が立った。


「北極氷河、お前を殺す」


 次の瞬間、リーダーは一気に間合いを詰めていた。いつもは手に取るように分かるあいつの動きが、目の前に来るまで分からなかった。


「何ッ!?」


 かろうじて、俺は防御の態勢を取った。あまりにも、動きが違いすぎる! 殴られたくないから、絶対に躱したいから、動きの隅々までよく見ているのに。今は、見えない……!


「セアッ!!」


「ぐぅ……!?」


 ビリビリと、ガードした腕に衝撃が走った。痛い。こんなに痛いのは、久しぶりだ。冷や汗が一気に噴き出す。怖い。嫌だ。痛いのは、嫌だ!


「氷河くん……!!」


 マズイ。今は、生き霊さんが俺を見ている。この喧嘩、絶対に負ける訳にはいかないのに! でも、見えないんだ。まるで、あいつの中に、もうひとり別の誰かが入っているかのように! 動きの予測が出来ないんだ!


(なんなんだ、こいつは……!? 喧嘩を売られるのはいつものことだが! 動きの速度と威力が、段違いに上がっている!)


「へへへへ……! 今まで、手も足も出なかったのに……。この俺が、北極氷河を圧倒しているぞ! ひゃはははは!」


「い、痛い。やめてくれ……。痛くて、怖い……! これ以上、殴らないでくれ……!」


 いつものように、拳を突き出して追い払いたいのに、身を守るので精一杯だった。いつまでも、いつまでも、恐怖が続き、自然と涙が溢れてきた。


「……ッ!! ひょ、氷河くん……」


 もう駄目だ。生き霊さんに、見られてしまった。喧嘩で殴られ続けて、怖さと痛さで涙を流す情けない姿を。


「氷河くんを、傷付けるなァ!!」


 その時、生き霊さんの様子が一変した。今まで纏っていたピンク色のオーラは、一気に黒く染まっていた。あの不良と同じように。


「ぐっ……!? な、なんだこれは!?」


 不良の動きが急に止まった。これは、生き霊さんの力なのか? 生き霊さんの暖かなオーラは、まるで怒りに包まれているかのような迫力へと変わっていた。そうか、あのオーラは、感情で色が変わるんだ。


「氷河くん! 今のうちに、決めてください……!」


「は、はいっ!!」


 不良の足元には、大量の手の影が纏わり付いていた。これは、生き霊さんがやったのか!? 物凄く怖いが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。生き霊さんがくれたチャンスを逃すな!


「オラァッ!!」


「ぐああああああッ!!」


 不良は、俺の拳を顔面に受け、あいつは、いつものように吹っ飛んでいた。殴られる瞬間、あいつに纏わり付いていた黒い影は、綺麗さっぱり消えていた。


「はぁ……はぁ……」


 なんとか、勝てた。もう駄目かと思ったが、生き霊さんのお陰で勝てた。でも、それじゃ駄目なんだ。生き霊さんの顔を見るのが、怖い。


「ひょ……氷河くん……。だ、大丈夫ですか……?」


「生き霊さん……。本当に、すみませんでした……」


「どうして、謝るんですか……?」


「見ていて、分かりましたよね? 俺は、本当は強くなんかない……。ワイルドでも、たくましくもない……。喧嘩の最中に殴られて、痛くて怖くて、それが嫌で泣き出してしまうような……。情けない、男なんです……!」


「氷河くん……」


 ついに、打ち明けてしまった。涙が溢れて止まらなかった。正直に、自分のことを話すのが、怖くて怖くてたまらなかった。生瀬さんに嫌われるのが、怖くて悲しくて、胸が締め付けられるようだった。


「あ、あの……。私……。私は……」


「……生き霊さんしか、知らない情報は、生瀬さんにも、伝わるんですか?」


 今まで気になっていたことだ。生き霊さんの記憶は一体どうなっているのか。生瀬さん本人なのに、生き霊さんが見聞きした記憶は、生瀬さんと共有しているようには見えなかった。


「いえ、それはありえません……。私と氷河くんが一緒に過ごした記憶も、私だけが覚えている記憶です。ですが……」


 生き霊さんのオーラの色が変わった。暖かなピンク色のオーラは、物悲しい青い色に変わっていた。……そうか。あのピンク色のオーラは、恋心っていうことだったんだな。


「私が受けた心の影響については、本体にも変化を及ぼしている可能性が……高いです……」


 つまり、生き霊さんが俺に落胆すれば、生瀬さんの俺に対する好意も、消え失せる可能性が高いということか。


「それを聞いて安心しました。好きでもない相手の元に向かわなければならない。そんなこと、生き霊さんに申し訳ないですから……」


「ひょ……氷河くん……」


 生き霊さん。そんなに、悲しそうな顔をしないでください。俺のことなんて、もう忘れてください。きっと、この先もっと素敵な相手が見つかりますから。


「生き霊さん、こんな俺にいつも優しくしてくれて……本当に、ありがとうございました……」

好きな娘の生き霊とヘタレ不良の俺

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