テラーノベル
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「……どうして、こんな事になってしまったのでしょう……」
気がつけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
夜の公園は静かだった。
街灯の淡い光が地面を照らし、風が吹くたびに木々がささやくように揺れている。枝葉が擦れる音は、まるで遠くで誰かが小声で話しているみたいだった。
何か聞こえるとするなら、遠くの道路を走る車の音くらいだ。
それも、波が寄せては返すみたいに、かすかに届いては消えていく。
私はベンチに座ったまま、膝の上で手を重ねていた。
指先が少し冷たい。触れているのに、どこか自分の手ではないみたいに感じる。
夜の空気は静かで、少しだけ冷たかった。
吐いた息が白くなるほどではないけれど、胸の奥まで澄んだ冷気が入り込んでくる。
私はゆっくり空を見上げた。
雲が薄く流れていて、星はところどころしか見えない。
こんなふうに、一人で空を見るのはいつぶりだろう。
胸の奥が、少し痛んだ。
─────数時間前。
部屋にはまだ夕焼けの色が残っていた。
窓から差し込む赤い光が、アメリカさんの書類やパソコンの画面をぼんやりと染めている。
夕焼けはきれいなはずなのに、今日はどこか色が濁って見えた。
机の上には書類が散らばり、パソコンには難しそうな数字やグラフが並んでいる。
アメリカさんは椅子に座ったまま、頭をかきむしっていた。
「くそ……なんでだよ……」
低く押し殺した声だった。
いつもなら、こんな声は出さない人だ。
けれど最近、ずっとこうだった。
仕事がうまくいっていない、と言っていた。
忙しくて、寝る時間も少ないみたいだった。
目の下にはうっすらと隈ができている。
それでも笑って「大丈夫だ」なんて言うから、余計に心配になる。
私は少し迷ってから、声をかけた。
「……アメリカさん」
彼がゆっくりと振り向く。
「……ああ、日本」
笑おうとしているのは分かった。
でも、その笑顔は少しぎこちなくて、
無理をしているように見えた。
私は一歩だけ近づいた。
「最近、お忙しそうですね」
「まぁな」
短い返事だった。
それだけで、会話は途切れてしまう。
部屋の中に沈黙が落ちた。
パソコンの小さな動作音だけが、やけに大きく聞こえる
少しだけ迷う。
だけど、でも、このまま黙っているのも違う気がした。
胸の奥で言葉を探しながら、ゆっくり口を開く。
「もし、私に出来ることがありましたら——」
その瞬間だった。
「ッ…日本はさッ!」
突然、強い声が響いた。
私は思わず言葉を止める。
彼がゆっくりとこちらを向く。
その目には、焦りと苛立ちが混ざっていた。
「お前は…日本は気にしなくていいって言ってるだろッ?」
その声は鋭く、空気を切り裂くように鋭かった。
胸の奥がびくっと跳ねる。
思わず肩が小さく震えた。
その反応を見て、アメリカさんもすぐに気づいたらしい。
「……っ」
言いすぎた。
そんな顔をしていた。
「ごめん、日本。俺は——」
慌てて言葉を続けようとしてるのが分かる。
けれど私は、ゆっくりと頭を下げた。
「……申し訳ありません」
自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。
「違う、日本…ッ」
「私が余計なことを言いました」
その声はやっぱり静かで、丁寧で、いつも通りだった。
そこで距離が生まれてしまったのだろう。
アメリカさんの言葉が止まる。
私は一歩下がった。
「失礼します」
そう言って、扉へ向かう。
「日本!」
後ろから声が聞こえた。
振り返れば、きっと何かが変わったのかもしれない。
でも、その時の私は振り返ることができず、扉を開けて、そのまま外へ出た。
─────そして今。
夜の公園。
私は空を見上げた。
雲がゆっくり流れている。
まるで時間がゆっくり進んでいるみたいだった。
「……アメリカさんのために」
小さくつぶやく。
「私に、出来ることはなんだろ…」
自分の声が、やけに遠く感じる。
その時だった。
「そんな辛気臭い顔してどうしたアル?」
突然、背後から声がした。
驚いて振り向く。
そこには、一人の国が立っていた。
背の高い影が街灯の光の下に伸びている。
服が夜風に揺れていて、その顔にはどこか余裕のある笑みが浮かんでいた。
まるで、最初からここにいたみたいに自然だった。
頭上には星が瞬き、その光が彼の瞳に少し反射している。
「相談なら乗るアルヨ?」
軽い口調だった。
でも、その声にはどこか柔らかさもあった。
私は少し戸惑いながら言う。
「……どちら様でしょうか」
すると彼は、ほんの少しだけ寂しそうに肩をすくめた。
「我は中国アル」
中国。
その名前を聞いた瞬間、私はほんの少し首をかしげた。
何か引っかかる。
でも、思い出せない。
記憶の奥で何かが動いた気がするのに、それが形にならない。
中国さんは、そんな私をじっと見ていた。
そして少しだけ目を細める。
「寒いところで話すのはよくないアル」
軽く手を振る。
「、?なんですか?」
「我の家、近いネ。温かいお茶あるから着いてこいアル!」
夜風が頬を撫でる。
少しだけ冷たい。
私は迷った。
でも——。
「……では、少しだけ」
そう答えると、中国さんは満足そうに笑った。
その笑顔は、どこか嬉しそうでもあった。
─────彼の家は、思ったより落ち着いた場所だった。
扉を開けると、温かい空気がふわりと流れてくる。
外の冷たい夜とはまるで別の世界みたいだった。
部屋には柔らかな灯りがともり、静かな香りが漂っている。
木の家具。
穏やかな光。
どこか懐かしいような、落ち着く空間だった。
「適当に座っといてアル〜」
言われるまま椅子に座る。
椅子の木の感触が、ほんのり温かい。
しばらくして、中国さんが皿を持って戻ってきた。
丸く、つやのある焼き色のお菓子。
表面には細かな模様が刻まれていた。
「月餅アル」
甘い香りがふわりと広がった。
続いて、小さな急須から茶碗へお茶が注がれる。
琥珀色の液体が静かに満ちていった。
「プーアル茶ネ。体あたたまるアル。」
湯気がゆっくりと立ちのぼる。
その香りは深く、落ち着いていて、森の奥の木々を思わせるようだった。
私は茶碗を両手で包む。
とても温かい。
その温度が、冷えていた指先にゆっくり染み込んでいく。
一口飲むと、口の中にやさしくて、どこか懐かしい味が広がった。
月餅を少しかじる。
しっとりした甘さが舌に広がる。
これもまた、どこか懐かしい味がした。
「……」
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
どうしてだろう。
こんなふうに温かくされると、
さっきまで必死に押さえていたものが、ほどけてしまいそうになる。
私は思わず視線を落とした。
「……すみません」
声が少し震えていた。
中国さんは静かに言った。
「別に…泣いてもいいアル」
その言葉を聞いた瞬間、胸が揺れる。
涙が出そうになる。
でも、その時だった。
急にまぶたが重くなる。
「あれ……」
視界がぼやけて体の力が抜けていく。
「……少し……眠く……」
頭が回らない。
まるで体がふわりと沈んでいく感覚だ…
そして、どうしようもなく眠かった。
私は椅子にもたれ、そのまま意識を失った。
部屋の中は静かだった。
眠ってしまった日本を、中国はゆっくり見下ろしていた。
足音を立てずに近づく。
そして、そっと頬に触れる。
「日本、?」
指先に伝わる温もり。
「柔らかっ。」
小さく笑う。
「あぁ、やっぱり可愛いアルネ」
長く息を吐く。
「はぁ〜……」
そして静かに呟く。
「……やっと捕まえたアル」
机の上のプーアル茶から、まだ湯気が立っていて、甘い月餅の香りと、深い茶の香りが部屋に漂う。
中国は日本の頭を優しく撫でた。
「これで」
低い声で呟く。
「ずっと、ずっとこの時を待っていたアル」
そして、微笑んだ。
「これで日本は」
静かに、満足そうに。
「我のものアルネ♥?」
コメント
2件
初コメ失礼します!大好きです。書き方がとにかく美しいですね。もう羨ましい限りです...(なんか上から目線みたいになってしまい申し訳ございません。)