テラーノベル
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目を開けると、一面に青空が広がっていた。まばらに散らばった白い雲がゆっくりと移動している。ここはあの世か? まさか、本当に死んでしまったのだろうか……
全身が金縛りにあったかのようにぴくりとも動かすことができなかった。唯一得られる情報は遥か遠くにある雲の形だけ。そんな不自由な格好でどのくらい時間が経過したのだろう。
頭上の空をただ眺めているだけの状況は時間の感覚を狂わせた。まるで何年もの間この場所で寝そべっていたかのような奇妙な錯覚を起こしてしまう。実際は十数分……いや、もしかしたら数分にも満たない間だったのだろうに。
「ああ、目が覚めたみたいだね」
僕の視界に空以外のものが映り込む。こいつは……実際に会ったのは初めてだ。幻獣の能力で情報を集めていなかったら、幻覚を見ていると思ったかもしれない。
動物の顔がモチーフになったマスクを被った男。その異彩を放つ風貌のせいで、近隣住民の間で不審者だと噂になっていた。しかし……その正体は、玖路斗学苑に与する魔道士。名前を『東野』という。
東野は仰向けに横たわる僕の姿を見下ろしていた。相変わらず体は全く動かないが、ぼんやりとしていた意識が徐々にはっきりとしていく。どうしてコイツがここにいるんだ。そもそもここはどこだ。僕と河合は橋の倒壊に巻き込まれて……そうだ、河合はどうなった。
「……か、河合は?」
「透が気になるんだ。意外だね……あの子がどうなろうが君は興味ないと思っていたよ」
穏やかな口調で嫌味のような言葉を投げつけられた。顔の半分以上がマスクで覆われているため、どんな表情をしているのかは定かでないが……東野から漂う険悪な空気は感じ取れた。こいつは何故か河合に肩入れしている。だから僕のことが気に入らないのだろう。
「透ならそこだよ。衝撃で気を失っている。君を助けようとして一緒に川に落ちたんだ。僕がもう少し来るのが遅かったら危なかった」
体が動かないので確認出来ないけど、僕のすぐ隣に河合もいるのだと教えられた。
河合は完全にノープランで僕のもとに突っ込んだらしい。あの状況では咄嗟に魔法を使うことも出来ず、僕たちは2人揃って川に転落してしまった。そこを東野が助けたという流れか――――
「彼に感謝しなよ。落ちたのが君だけなら放っておいた。僕は透とは違う。自業自得で痛い目にあう奴を救ってやるほど優しくない」
河合が僕の腕を掴んで離さなかったからついでに助けたと、東野ははっきりと宣言した。別に助けてくれなんて頼んだ覚えはないが……
ムカつく言い方ばかりする東野に腹が立った。言い返してやろうとしたが上手く口が動かない。言葉にならない呻き声のようなものだけが溢れ出る。
そんな僕の姿を見た東野は大きな溜息を吐くと、こちらの言い分なんて聞く価値は無いとばかりに一方的に話を始めた。
「君は試験結果に納得がいかなくて、こんな騒動を起こしたんだよね。自分は落ちたのに、透が合格したのも気に入らないって……」
河合に色々と入れ知恵をしたのも東野だ。河合だけなら受験票を破ったのが僕だと突きとめる事は出来なかったに違いない。
試験の結果に納得がいかないなんて当たり前じゃないか。一次試験は満点を取れていたはずなのに落ちるなんておかしい。
「試験は受験者の適正と能力に基づき、公平・公正に行われたよ。小山空太、君は自分の能力に相当自信があるようだけど……僕から言わせてもらえば、君の魔道士としての資質は平々凡々。一般入学で入ろうとしてる者たちの中にも君程度ならいくらでもいるよ」
東野は何を言ってるんだ。僕が平凡だって? そんなはずない。少なくとも一次を合格した河合よりは魔法を上手く扱えている。試験だって自己採点だけど満点だったんだぞ。
こいつ……東野は自分が贔屓している河合を攻撃されたから僕を貶めて仕返しをしているんだな。
「まあ、だからって魔道士になれないってわけではないよ。魔道士自体のレベルだって幅広いからね。ただ、小山君が思ってるほどキミは特別でもなんでもないってこと。学苑が特待生として扱うには至らないってだけさ」
もう黙れよ。なんなんだよ。いくら僕がやったことが許せないからって、こんな侮辱をするなどあり得ない。怒りと羞恥でおかしくなりそうだ。
「……東野、さん?」
か細くて今にも消えてしまいそうだったけど、確かに聞こえた。東野の声に紛れて別の人間の声がした。今この場にいるのは僕と東野と河合だ。僕の声でないなら後は1人しかいない。
「透!! 気がついたんだね」
「ここ……どこ?」
「河川敷だよ。君たちは橋から川に落ちたんだ」
「そっか……東野さんが助けてくれたの? 魔法で?」
「うん。透が無茶するじゃないかって心配で追いかけてきたんだ。後少し到着するのが遅かったら溺れていたかもしれないんだよ。ほんとに……良かった」
「小山は? あいつは……大丈夫?」
「……もちろん。一緒に助けたから安心して。君の横で同じように寝てる。小山少年はヴィータの枯渇でしばらくはまともに動けないだろうけど、怪我とかはしてない。あっ、透の擦り傷は僕が治療しておいた」
東野は目を覚ました河合にも状況説明をしてやっている。なんとなく河合が僕を見つめているような気がして居心地が悪い。
「……良かった。てか、東野さん怪我も治せるんだ。すげーね……」
「軽いやつならね。でも、病気や疲労は治せない。僕の知り合いに車で迎えに来るよう頼んであるから、もうしばらく休んでいるといい。念のため2人共病院で診て貰おう」
「ありがとう……東野さん」
河合は東野に礼を伝えると、また眠ってしまったようだ。これでまた僕と東野だけの気まずい空間に逆戻りだ。河合が完全に寝たであろうことを確認したのか、また東野が僕を詰り始めた。
「……小山空太。君のやったことは到底許されない。意図的に他人の試験を妨害するのはれっきとした犯罪だ。此度の件は学苑側にも報告する。然るべき対応がなされることを覚悟しておきな」
青白い光が周囲を覆い尽くした。東野がスティースを使って何かしようとしている。それが分かっていても、今の僕には抵抗する術が無い。
「君も……もうしばらく寝ているといい」
急速に瞼が重くなる。寝るつもりなんてないのに目を開いていられない。僕の意思とは関係なく、体は東野が最後に放った言葉に従ってしまう。意識が再び微睡の中に沈んでいった。
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