テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
橋での騒動から一週間が経過した。
東野に助けられたおかげで大きな怪我をすることもなく、俺は普段通りの生活に戻ることができている。
川に落ちた直後のことはあまりよく覚えていない。東野の知り合いだという人が、俺と小山を病院まで運んでくれたそうだ。病室で目を覚ました時はベッドの上に寝かされていて軽く混乱してしまった。
病室には祖母と姉もいた。東野から連絡を受けて急いで駆けつけてくれたらしい。2人から話を聞くと、俺は川で溺れている同級生を助けようとして一緒に溺れたということになっていた。
間違いではないけど……祖母と姉には魔法や幻獣に関わることは知らされていないようだった。この辺りの説明は東野が上手くやってくれたのだろうか。
祖母と姉は無事で良かったと泣いてくれた。そしてその後しっかりと怒ってもくれた。2人に内緒で試験を受けたことで一悶着あったばかりだというのに、また心労をかけてしまった。
「俺ってみんなに心配ばっかさせて……ほんと、ダメな孫で弟だよな」
俺の独り言に応えるようにモカが『キュー』と声を上げた。黒くて丸い瞳がこちらをじっと見つめている。まるで慰めてくれているかのようで、ちょっとだけ嬉しくなる。モカが話の内容を理解しているはずがないけど、俺は引き続き語りかけた。
「でもさ、小山のあれは体が勝手に動いちゃったんだよ」
罰としてしばらくの間、学校以外の外出を控えるよう姉に命じられた。モカと一緒にのんびり過ごすのも悪くはないけど、せっかくの休日に自室でじっとしているのは性に合わない。地味につらかった。でも、これだけ家族に心配をかけたのだから、この程度の罰は甘んじて受け入れるべきなのだと己を納得させる。
自分の軽はずみな行動を反省している。それでも小山を助けた事自体は後悔していない。あいつのせいで酷い目にあったし、殴ってやりたいという気持ちも健在である。そんな相手に対してお人好し過ぎるかもしれないが、あそこで見捨てようなんて選択肢は一切出てこなかったのだ。反射的な行動だったので理由とかは上手く説明できないけど……
「小山……いつ頃退院できるかな」
俺は病院での検査も特に問題無く、1日だけ泊まって次の日には自宅に帰ることができた。それに対して小山の方はそのまま入院することになってしまった。体を全く動かす事ができないのだから当然だろう。東野は小山の状態をヴィータの枯渇だと言っていた……それはどのくらいで回復するのだろうか。
「あとさ……結局俺の試験ってどうなるんだろね。東野さんはなんとかするって言ってくれたけど……」
東野は俺と小山を救出したあと、またどこかへ行ってしまったのだ。お礼だってちゃんとできていない……それに、彼にはまだ聞きたいことがたくさんあったのに。
「透、今何してる? ごめんね。ちょっといいかな」
「なにー? 待ってて、すぐ行く」
部屋の外から名前を呼ばれた。この声は姉だ。モカをケージに戻すと、急いで姉の元へと向かった。
「どうしたの、姉ちゃん」
「透にお客さん。ほら、あの……変わった格好してる……」
「こんにちはー! とおるー!!」
「東野さん!?」
姉の背後から登場したのはなんと東野だった。ついさっきまで彼の事を考えていたんだ。まるで図ったかのような絶妙なタイミングでの登場に驚愕してしまう。
東野は前方にいる姉の体を押し退けて部屋に入ってくる。あれだけ東野に怯えていた姉が、彼をここまで案内してくれたことにも驚いた。姉の東野に対する警戒心がかなり和らいでいる。川に落ちた俺を助けてくれたのが決定打となり、少なくとも悪い人ではないという認識になったのだろうな。とはいえ……東野は相変わらずアニマルマスクで顔を半分隠している。見た目の怪しさは変わらない。姉の中で東野は、悪い人ではないがちょっと変わった人という位置付けくらいだと思われる。
「すっかり元気になったみたいだね」
「あっ、うん。東野さん、あの時は本当にありがとう」
姉がお茶を用意してくれたので、とりあえずお客さんとして東野をもてなすことにした。彼を質問攻めにしてしまいそうな衝動を必死に抑え込む。最初に助けてくれたお礼をしっかりと伝えなければならないだろう。
「透だって熱中症になった僕を助けてくれたじゃないか。お互い様だよ。透のおばあさんとお姉さんにも充分過ぎるほどお礼を言われたから、もう気にしないで」
「俺たちを病院に連れて行ってくれた東野さんの友達にもお礼を言いたかったんだけど……俺が目を覚ました時にはいなくなっててさ。申し訳ないけど、東野さんの方から伝えておいて貰える?」
「……分かった。必ず伝えておくよ」
気掛かりのひとつが解消して安堵する。なんせ東野は神出鬼没。こちらから連絡を取る手段もないため、機会を逃すと次はいつ会えるか分からないのだ。
「えっと……それで、東野さんは今日どうして俺の家に?」
まずは彼の目的をはっきりさせよう。俺からの質問はその後だ。
「そりゃ、透の様子を見に来たに決まってるでしょ。病院に運んだはいいけど、その後は付き添ってあげられなかったから気になっていたんだよ」
「そっか……おかげさまで見ての通り。元気いっぱいだよ」
東野の口角が上がった。マスクを被っていても彼が笑っているのが分かる。いつの間にか俺と東野は普通に会話をするようになっていた。初めて会った時は不気味で怖くて仕方がなかったのに……そう思うと感慨深いものがある。
「それと、透の試験に関する大事なお知らせもあるからね。君の体調が良さそうだったら、続けて話そうと思っていたんだけど……聞くよね?」
「聞く!! もちろん!!!!」
二次試験の日が刻々と近づいてくるにつれ、不安な気持ちも増していた。いくら東野が学苑の関係者でも、規則を変えるなんて出来ないのではないかと思っていたのに……
『約束通り、何とかしたよ』と東野は得意げに宣言したのだった。