次の日。
雅史は仕事に出かけ、母に圭太を見てもらって、私は実家へと向かった。
ダイニングテーブルには、置かれたままの離婚届やメモ書きや結婚指輪があった。
その横には、コンビニで買ってきたお弁当の容器や、飲んだままの湯呑み、菓子パンの空袋があった。
洗濯機には洗ってない下着や服が入っていた。
リビングでテレビを観ている父は、まるでいつもと変わらないように見える。
「ね、お父さん、なんでお母さんのことを探さないの?このまま本当に離婚しちゃうの?お母さんが出て行った理由はわかってる?」
「あいつが勝手に出て行ったんだから、俺がどうこうする問題じゃない。どうせ一人では生きていけないんだから」
「どうしてそう思うの?専業主婦だったから?」
「そうだ、これまでずっと俺の給料で生活してきたんだ。世間知らずのおばさんが1人でやっていけるわけがない!」
母が次の家や仕事も決めているとは、少しも思っていないようで、それがまた腹立たしかった。
「お父さんはお母さんのこと、ちっともわかってないんだね。お母さんのことは心配しなくていいよ。それよりお父さん、一人で生きていけないのはお父さんかもよ?その時はどうするの?お付き合いしてる人と暮らすの?」
「俺ことは心配いらない、考えてみれば自由になれるんだからそれもアリだな」
この家に、家族以外の誰かが住んだら、もうここは私の実家じゃない。
「わかった。でも、財産分与はきちんとしてあげてね。これまでお父さんが外で使ったお金を考えたら当然のことだから」
「……」
「それに、私ももうここへは帰ってこないと思う。お母さんがいない実家は、実家じゃないから。じゃ、帰るね。元気でね」
娘だけれど、どうしても父親のことを認めることができず、冷たいセリフを吐いてしまった。
家に帰ってそのことを聞いた母は、ケラケラと笑っていた。
「そんなことだろうと思ったわ。ありがとうね、私の代わりに言いたいことを言ってくれて」
とあっけらかんとしていた。
「強いね、お母さんは」
ピースをして見せた母は、強がりではなく心からスッキリしたようだ。
そして、土曜日の朝。
「これからは誰のためでもない自分のために生きられるのよ、こんなに自由でうれしいことはないわよ。じゃあ、落ち着いたらまた連絡するからね」
そう言い残して、母は行ってしまった。
雅史はまだ起きてこない。
佐々木夫婦は午後にやってくる。
難しい話になると厄介だから、圭太は午前中にたくさん遊ばせてお昼寝をしてもらうことにして、公園に出かけた。
「今日はお天気がいいね」
「おひさま、ニコだね」
「ブランコまでかけっこしようか?」
「うん、どーん!」
「あ、待って!」
かけっこして、ブランコにのって、滑り台と砂遊び。
「たのしいね、おかーたん」
満面の笑顔の圭太。
存分に遊べてうれしそうだ。
私が知らないフリをしていれば、この穏やかな日常が続くのだろうけれど。
「どうしたもんかなぁ……」
今わかっていることは、京香は舞花の友達。
多分この前が初めての夜。
このことは舞花も知らないだろうし、写真が私に送られてきたなんてことは雅史も知らないだろう。
雅史はきっと、佐々木と話を合わせてくるだろうから、その時はあの写真を見せて説明してもらうことにする。
私がどうしたいか?
雅史がどうしたいか?
舞花は佐々木が嘘をついた理由を知りたいだろうし。
ドラマなんか見てると、もっと証拠を集ないといけないのだろうけど、そういうことをする自分がひどく惨めな気がしてできなかった。
うまく隠してくれればいいと、まだ心のどこかで思っていた。
_____甘いな
けれど、何が一番いい解決法なのかわからなかった。
お昼になり、圭太と一緒にオムライスを食べた。
「あー、よく寝たわ」
欠伸をしながら雅史が起きてきた。
よく寝たというわりには、顔が寝起きではないようだ。
早々に起きて、あれこれ考えていたのだろうか?
「何かたべるなら作るけど?」
「あー、いや、コーヒーだけくれ」
「わかった、その前に着替えて顔洗ってきたら?もうすぐ佐々木さんたちが来るころよ」
はぁとため息をつきながら、立ち上がって洗面所に歩いて行く雅史。
無精髭とパジャマがわりのスウェットからは、肌着とパンツが見えている。
“私にはパンツを洗わせて、外の女には優しい顔をしている……”
_____なるほどね
母が言っていた言葉が実感として受け取れた。
_____こんな姿を見たら、浮気相手も幻滅するだろうに
圭太はお昼ご飯を食べたら眠くなったようで、ソファで寝てしまった。
「ベッドに連れて行くね」
重くなった我が子を抱え上げようとした時、雅史に止められた。
「移すのはかわいそうだから、ここに寝かせとけよ」
「は?無理でしょ?大人のややこしい話ができなくなるし、修羅場になるかもしれないのに、圭太にそんなところ見せられないよ」
「修羅場って……」
雅史の表情が強張ったのがわかる。
_____予想してなかったってこと?
今日はどんな話しになるのか、少しは真面目に考えてるのかと思ってたけど、そうではないようだ。
おおかた、言い訳しか考えていないのだろう。
食器を片付け、コーヒーの準備をしていたら、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はーい、どうぞ上がって」
「お邪魔しまーす」
「こんにちは……」
前のめり気味な舞花の後ろに、縮こまって見える佐々木の姿があった。
「あの、これ、美味しいと評判のスィーツです。ママのおススメなので、間違いないかと」
「うわ、これ並ばないと買えないやつ?」
「そうみたいだけど、ママはお得意様だから予約しとけば買えるんですよ」
「5個で8000円するスィーツのお得意様か、すごいね舞花さんとこは」
「お気に召したらまた買ってきますよ」
そう言う舞花は、見た目にも高級ブランドとわかるバッグやアクセサリーを付けていた。
以前来た時は、そんなことしてなかった気がしたけど。
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