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「生まれてこなければ、幸せだったのか?」
真面目であるが故に馬鹿を見て、理不尽に打ち拉がれ、苦悩し疲弊し、時に涙する菊を見る度に、俺はそう考える。俺もまた、不条理に晒されながら生きてきた身だからだ。
生きることが、痛みと同等であるならば。
何も感じない、生まれる前が幸福なのか。
あらゆる可能性の存在しない世界こそが、
人類の望む、究極の理想郷だというのか。
この世に生を受けること自体、「間違い」なのか。
だからといって、今さら死のうとも思えず。
菊と心中しようだなんて、もってのほかだ。
テーブルの前で項垂れて咽ぶ菊のもとに、俺は静かに近寄った。そして背後から、包み込むように抱き締めた。
俺は彼の笑顔を知っている。そして何よりも、彼の優しさを知っている。それはとても幸福なこと。何も無いところからは、決して生まれないもの。
確かにこの世は糞みたいで、穢くて、救いようがない。しかし、「希望」は確かにあるのだ。それが、どんなにささやかなものだったとしても。だって、俺がそうなんだぜ。菊に「好き」って言われただけで、どんなに沈んでいた気分も、忽ち舞い上がるんだぜ。それは、俺が単純だからってのもあるのだろうけど。
ふと、頬を濡らした菊が此方を振り向いた。そして腕を伸ばし、俺の身体を抱き締め返した。菊もまた、俺の存在を「希望」だと思ってくれているようだった。
俺達は────生まれてきて「正解」だったのだ。