『つまり、皆様の現在の信仰を止める為のものではないという話です。
ルナ教はあくまでも月の恩恵に感謝を捧げるという信仰です。余裕のある方は満月の夜に、お供物をして語りかけると良いでしょう。
ですが、それさえも強制はしません。夜空を見上げ、ふと思い出した時に感謝を捧げて下さい。
月はいつもあなた方を見ています。以上です』
拡声器を使い、壇上で話す聖奈へと聴衆は釘付けだ。
それもそのはず。
この国では見かけることなどない服装の美女だからな。
聖奈の姿は天の羽衣と呼ぶに相応しい服を着ている。
さらに演出で後光が差しているようにライトを背中から当てているから、見た目は完全に天女だ。
「お疲れ。天女かと思ったぞ」
「ふふっ。惚気かな?」
側から見ればそうだろうな。
だが、知っているモノからすれば、俺の言葉にはトゲがたくさんついている。
「王妃殿下!素晴らしい演説でした!陛下もお勤めお疲れ様でございます」
「シェーナ王太子妃。俺はもう君の陛下ではないぞ」
薄ピンクのドレスが似合うこちらの美少女は、バーランド王国の上位貴族の御息女。
今はアンダーソン王太子の元に嫁ぎ、王太子妃としてアンダーソンと共に内遊している所だ。
「ありがとうシェーナちゃん!この人はいい格好したいだけだから無視してていいよ」
いや…一国の王太子妃をつかまえて、ちゃんって……
「セーナ。素晴らしい演説だった。私も見習わなければな」
「アンダーソン王太子。あまり変な影響を受けないようにな…?」
聖奈はこの世界に一人で十分だ。
バランスって大切。
「とりあえずこんなもんでいいだろ?」
「こんなもんって…言い方っ!でも、そうだね。次は明後日だね!シェーナちゃん、また会おうね!」
「はいっ!楽しみにしております!」
次は明後日か。
俺達はバーランド王国へと帰還した。
この後起こる事象に俺は驚くことになるのだが……まぁそれはそれ。
俺には特訓があるからな。
再び演説の日がやって来た。
今日も恙無く終わりを迎えるはずだったが、俺の驚きはその瞬間を迎えることに。
『セーナさまぁっ!!』『天使様ぁぁあっ!!』『天女様ぁあっ!!』『女神様ぁあっ!!』
聖奈の演説(聖を添えて)が終わると、万雷の拍手と共に、セーナ教が爆誕していた。
簡単に言うと、前回の演説で結成された追っかけ(ファンクラブ擬)だ。
「他はいいが、女神は拙いだろ。何で同列の神扱いなんだよ…」
「これは私も予想してなかったよ……異世界人は良くも悪くも純粋だね…」
その純粋な奴らを騙している自覚はあるのか?
まぁルナ教は一切嘘をついてないから、騙してるのは演出だけだが。
「王妃様のファンクラブが結成されています…」
「垂れ幕まで用意されておるな。準備の良いことだ」
異世界王族が何か言っているが、これはこれでどうなんだ?
「ルナ様の信者がこれで増えるのか?何だか聖奈の信者な気がするぞ」
「うん…私に祈られても困るね。まあ、良い風に広めてくれるのを期待しよ?」
「何で疑問系なんだよ…それにしても異世界で追っかけか。命懸けなのによくやるな…」
なに感心してるの?なんて言われても、実際にそうだしな。
追っかけの人達からすると、街から街を旅するだけでも命懸けなんだ。
変に尊敬するのもわかるだろ?
その日も熱狂の内に演説は終わった。
翌る日も、その翌る日も。
そして遂に最後、王都の順番がやって来た。
『きゃーっ!!セーナ様よっ!』『天女様ぁあっ!!』『結婚してくれぇっ!!』『今日もお綺麗ですっ!!』
あれから日に日に増えていった追っかけは、ついに王都まで着いてきた。
中には同年代の女性や10代の少女までいる。
何が彼女彼等の琴線に触れたのか……
『みんなーっ!今日も集まってくれてありがとぉっ!!』
うん…完全にアイドルのノリだな……
コイツ、趣旨を忘れてないよな?
『この中で、初めてだって人ぉお?』
「はーい」「はーい」「4回目ぇっ!!」「はーい」「二回目だよーっ!」「はーい」
返事をする中には、この演説4回目の猛者もいる。
『初めての人もそうでない人も、みんな同じだよーーっ!!同じルナ教の信者だから喧嘩しないでねぇっ!!』
「「「「おおうっ!!!」」」」
俺は一体何を見せられているんだ?
自分の嫁がアイドルデビューした件。で、ベストセラー目指すか?
『ルナ様最高ーぅっ!!』「「「「ルナ様さいこーっ!!」」」」
『みんなーっ!!毎日祈ってねえっ!!』
「「「「はーーいっ!!!!」」」」
俺が現実逃避している間に、聖奈のリサイタルは終わった。
信者()以外の唯一の収穫は、天女衣装がこの世界にささるってことくらいだな……
「お疲れ。いよいよカルト教団染みてきたな?」
布教という名の公演を終えた聖奈を、俺は冗談混じりに労う。
「ヒトを悪徳教祖みたいに言わないでくれるかな?」
「似たようなもんだろ…」
これまでにも色んなことをしてきたが、聖奈が前に出ることはなかった。
これに味を占めて変な団体を作らないことを祈ろう。
お前が止めろ?
じゃあ聞くが、俺に止められると思うのか?
「セーナ王妃、素晴らしい演説であったぞ。バーランド王国は進んでいると聞いていたが、民との距離をあそこまで縮めるというのは、我々からすれば先進的であるな」
「エンガード王様。ありがとうございます」
「…それはちょっと違うと思うぞ?」
演説台から降りた俺達を迎えるエンガード王。
聖奈は笑顔で応え、俺の声は小さかった。
詳しく聞かれても、アホくさくてまともに説明出来る気がしないからだ。
「これでバーランド王の目的は成せたのか?」
「それは…どうだろうな。アーメッド共王国でも似たようなことをしているから、その結果と合わせてだな」
「ふっ。その様な機密は軽々しく話すモノではないぞ?まぁバーランド王国にとっては些事なのであろうな…いや、バーランド王にとっては、か」
うん。この王様は俺のことを勘違いしている節があるんだよな。
バーランドと仲が良かったからとはいえ、同じくらい優秀だと思ったら間違いだぜ?
かっこ悪……
「いや、別に隠している訳じゃないからな。それに隠し事は心象が悪くなるから、なるべくしない主義なんだ。痛くない腹を探られるのは不愉快でもあるからな」
「そうか。では、余もこれ以上探るのはやめておこう。態々虎の尾を踏むことはないのでな」
エンガード王はそういうと、聖奈に一言話をしてから城の方へと馬車で戻っていった。
「陛下もバーランド王が来られると楽しそうにされます」
「そうなのか?いつもあんな感じだから、それが普通かと思っていたよ」
他の者達もいる為、アンダーソン王太子は畏まった口調で話しかけてきた。
「ええ。バーランド王には、失礼ながら兄上の面影を見ますから」
「失礼なもんか。そうか。そう言われたら嬉しいよ」
「セイくん。失礼なのはバーランド殿下に対してだよ?」
……この悪魔の口を塞ぐ方法を教えてくれ。
「ふふっ。あっ。失礼しました」
「良いのよシェーナちゃん。笑わないとセイくんがすべったみたいになるからねっ!」
「いや、そうなったらすべったのは聖奈だろ?」
「バーランド殿下に失礼なのは否定しないんだねっ!」
否定出来んわっ!!事実だからなっ!!
俺と聖奈のコントを聞いて、若い夫婦は終始楽しそうにしていた。
その笑顔の後ろに、笑顔のバーランドを幻視したのは秘密だ。
絶対馬鹿にされるからな。
なんだかんだ俺も楽しんだエンガード王国を巡っての演説は、終わりを迎えた。
王太子夫妻に別れを告げ、悪魔に憑依されながら城へと帰還する。
「お疲れ様!」
俺に憑依…おぶさった聖奈が、転移後に声を掛けてきた。
「耳元でデカい声出すなよ…」
身体強化していても、聴力が良くはなっても鼓膜は対して強くはならないからな……
「ふふっ。これで後はアーメッド共王国だけだね!」
「そうだな。まだ一週間もあるから修行をしないとな…」
「聞いたよ!コンちゃんにコテンパンにやられているんだって?そんなんじゃ覇王にはなれないよっ!!」
いや、目指してねーから……
「それはどうでもいいが、聖奈はどうするんだ?」
「私も観戦に行きたい…ところだけど、残念。予定があるんだよね……」
「悪いな。遊びではないが、楽しんでるのは事実だしな…」
また申し訳なく思う。
武闘会もだし、爺さんと久しぶりに戦えると思うと楽しみなんだよな……
なんか結局俺ばかり遊んでんな?
「ううん。仕事みたいなものだしね。というか、仕事よりも大事だしね」
「まぁな?今となっては何もしなくても回るから、これが唯一の使命って感じだな」
「使命!いいねっ!なんかカッコいいよ!」
響きわね?
中身は行き当たりばったり大作戦だし、暴力だし。
「でも、それが終わったらいよいよ出航だね!」
「地球からだから出航って感じじゃないけどな」
「良いんだよ!実際船で行くんだしっ!」
へい。
聖奈は形重視だからな。
俺なんか泥臭くてもなんでもいいけど。
俺は辛い修行を乗り越え、遂にその日を迎える。
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