「…中学生の頃、少し嫌な事があったんだ。 」
「『嫌な事』…?」
「ああ。オレにとって、一生忘れられないような出来事。」
えむは「それって──」と何か訊きたそうな顔をしていたが、オレは構わず続けた。
「それは本当に、思い出してしまうだけで吐き気がして、苦しくて、」
「もう、あんな思いしたくないってくらいに、嫌だったんだ。」
顔を見せるのが怖かったので、下を向きながら話す。
これでも、勇気をだして頑張った。
「…その事を、司くんはさっき思い出しちゃったんだね」
その言葉に小さく頷いた。
「でも、大丈夫だよ!その事を忘れちゃうくらい、いっぱいわんだほいしようね!! 」
「…ッあ──」
違う、違うんだ。そういう事じゃない。 みんなといると、どうしてもその事を考えてしまうんだ。
オレがあの事を打ち明けたとき、「そうだね」「辛かったね」って、言ってくれるかなって。
そんな醜い言葉を、喉の奥でそっと飲み込んだ。
「…そうだな。ありがとう!えむ」
オレがそう言うと、えむは嬉しそうにニコッと笑う。 えむが笑ってくれてオレも嬉しかった。
嬉しかった、けど──。
言葉にできないような、ぐちゃぐちゃとした感情が心の奥底からこみ上げてくる。
「(これは一体、なんなんだ………)」
「………っ、すまない。先程は。寧々のおかげで少し落ち着いたよ。」
「なら良かった。 」
いつもは騒がしいアイツが急に静かになって体調壊して、かと思えば幼馴染が過呼吸になって………
状況が少し落ち着いたと実感したら、どっと疲れがやってきた。深くため息をつき類の方へ顔を向ける。
類の表情から簡単に汲み取れる、「司くんは大丈夫かな」という言葉。幼馴染の寂しそうな顔を見たまま無視するなんて気持ちが悪いので、類が今欲しそうな言葉をかけてあげることにした。
「司はえむが近くにいてくれてるから、大丈夫だよ」
「…!…そうかい。」
明らかに嬉しそうな表情になったことがわかる。ただ、少し引っかかることが──。
「…ねえ、類。」
わたしがそう呼ぶと、類はいつもより少し高めなトーンで返事を返した。だけど、わたしの顔を見た瞬間その笑顔は消えた。
「なんかそわそわしてるけど、…気になることでもある?」
「…………」
類は黙り込んだ。それが肯定の沈黙なのか、はたまた幼馴染にさえ言えないような事情があるのか。わたしには到底分からなかった。
「(この空気、どうしよう。類は一向に喋る気配がないし、わたしも何を言えばいいのか全然分かんないし…。はあ、こういうときに、あのコミュ力おばけの二人がいたらなあ──。)」
頭の中でぐるぐる考え込んでいると、聞き覚えのある元気な声が聞こえた。
「寧々ちゃん類く〜〜ん!!!!突撃わんだ──」
「………あれ?」
えむは出会い頭に不発わんだほいをかました。お決まりのわんだほいで挨拶しようと思ったら、思いの外どんよりとした空気で驚いたのだろう。
えむの元気いっぱいな声を聞いて、類もやっと声を発する。
「…二人とも、…大丈夫だったかい?」
「ああ!!先程は…心配をかけたな。本当にすまなかった」
「ホント。いっつもうるさいのに急に静かになって。びっくりした」
司が本調子を取り戻せるように、いつもの毒舌パンチを一発投げる。
「うぐっ、本当にすまない……こ、今度ジュースでもなんでもおごってやる!!」
「いや、それは別にいいよ」
よかった。えむも司も類も、みんないつもどおりの笑顔になってる。
…このまま、何年も何十年も、この幸せが続けばいいな。
そんなことを急に言うのも変だしこっ恥ずかしかったので、このたまらなく尊い感情は心の中にしまっておくことにした。
コメント
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ングゥゥゥァァ(鳴き声) 見るの遅くなってんの後悔するレベルで好き😭😭💕 天馬は過去話を聞いて欲しいんだなぁ。えむむの引っ張る様な言葉は嬉しいけど、今天馬が欲しいのは慰めとか共感とかその辺の言葉 、えむむとしては前を向く事で天馬を救いたい。それ天馬に伝わってて、天馬はそんなえむむにそれは欲しい言葉じゃない慰めてくれ、とは言えない…(妄想) 言葉交わせよ‼️‼️(喜びで咽び泣く様子)
やっぱ司くんとえむちゃん…コミュ力 高いんですね!