「…彼は、本当に私のもとにずっといてくれるのかしら…」
恋する乙女の1人、ウクライナは、自身の恋人であるカナダを疑っていた。
もちろん浮気をしているような素振りは全くなく、むしろ愛されすぎている気がする。
忙しくて疲れているだろうに、休日はカフェや図書館、ウクライナが好きそうな花畑に連れて行ってくれて、一緒にいるときは手を繋いでくれる。
世界で2番目に大きな土地を持つカナダの手は、少し冷たいけれど大きくて、優しい顔つきとは裏腹に力強い。
そんな彼の手は大好きだ。
だけどいつか、ウクライナ自身の手を払ってしまいそうでこわい。
赤い旗を掲げた自身の親。
親の背を追って道を間違えた兄。
そんな父兄に固執する姉と、父兄を軽蔑する他の兄弟たち。
一般の家庭なんてほとんど知らなくてもわかるほど異常な家で育った自分は、優しいカナダに釣り合うのだろうか。
「もうっ、私ってば!そんなに疑うのは、カナダに失礼よ!カナダは私のことを好きって言ってくれてるもの!大丈夫…大丈夫だもん…」
口ではそう言っていても、素直な心は疑い続けるだけ。
何か、彼の愛を感じる方法はないだろうか。
ウクライナは悩んだ。
私が好きか聞く?
…いいえ、彼は嘘が上手いから、嘘をつかれてもわからないわ。
夜のお誘いをしてみる?
…いいえ、彼は仕事で疲れてる。無理に誘ったら、それこそ愛想尽かされるわ。
後をつける?
…いいえ、彼とは普段の歩幅が違いすぎるから、きっとすぐに見失っちゃうわ。
そうして悩むこと2時間弱。
案外、答えはシンプルなものだった。
「…そうだ、盗聴器をつけちゃえばいいんだわ。本当に愛してくれているのなら、女性に見向きなんてするはずないもの」
もしバレたって、愛しているなら、やましいことがないのなら、許してくれるはず。
「ふふっ、私天才かも!早速準備しなきゃ!」
意気揚々と外へ出かけたウクライナには、先ほどまでの暗い表情は消え失せていた。
「どこに設置しようかな…」
盗聴器の用意ができたウクライナは、家に帰って必要な準備【カナダに取り付ける】ことについて悩んだ。
勘が鋭い彼にそんなことをする難易度はベリーハード。
手や袖につけたらバレやすいし、襟元になんて手が届かない。
また先ほどと同じようにウクライナは悩み、うーんうーんと唸っていた。
ただ一つ違うのは、すぐに答えが出てきたことだ。
「…そうよ、帽子につければいいんだわ!」
座らせればウクライナでも手は届くし、 後ろからならばバレにくい。
カナダのトレードマークと言っても過言ではない帽子には、ウクライナにとって好都合すぎるほど良い条件が揃っている。
善は急げ。
一般的には善と言えなくても、ウクライナからすれば善なので問題はない。
今度の休みにお家デートをしようと言って、ウクライナはカナダを呼ぶことにした。
ピンポーン
数日後、聞き慣れたチャイムの音に胸が高鳴り、ウクライナはにこにこしながら扉を開ける。
「いらっしゃい!カナダ! 」
「やあ、ウクライナ。お家デートなんて久しぶりだね?」
「たしかにそうね。実は美味しいクッキーを買ってあるの。一緒に食べましょ!」
「本当に?楽しみだなぁ、お邪魔します!」
カナダは甘いものが好きだから、クッキーという言葉に目を輝かせた。
私よりクッキーの方が好きなの?と思ってしまったけれど、食べ物にまで妬くのは重いだろうか。
もう家の中は大体知られているので、ソファで待っていてと言って、部屋までクッキーを取りに行く。
もちろん、盗聴器も忘れずに。
「…ふふ、やっぱり運命だね///気付かないフリ、頑張らなきゃ」
「カーナダ! 」
「わっ!」
「はい!これね、ネットで有名なお店なんだって!ひとつ食べて見たんだけど、本当に美味しかったわ!」
ソファに座るカナダの肩から手を回し、目の前にクッキーを出す。
カナダは両手で丁寧に受け取り、クッキーの箱を見つめている。
ウクライナはそのままカナダの帽子に腕を乗せて、バレないように盗聴器を取り付けた。
嬉しさで舞い上がりそうな身体を抑えて、ウクライナもカナダの隣に座る。
「これ、本当に美味しそうだね…!!」
「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ!カナダのために買ってきたんだから、是非食べてね」
「…えへへ、ウクライナ、あーんとか…してくれない?」
照れくさそうに視線を逸らしたカナダ。
ウクライナはぼっと顔が赤くなり、照れながらも快諾。
狐色にいちごジャムが映える円形のクッキーを一つ取り、カナダの口元へ。
「ふふ、あーん///」
「あー…ん!サクサク」
身長にしては小さめな口に萌えながら、小さなクッキーは一口でカナダに食べられた。
「んん〜♪んふふ///サクサク」
カナダは乙女のように頬に手を当てて、美味しいということを全身で表現している。
とっても可愛らしいけれど、彼は狩りで生計を立てている。
これがギャップってものね。
「美味しい?」
聞かなくてもわかるけど、カナダの喜ぶ声はいくらでも聞きたいから聞いてみる。
「ゴクン…うん!とっても!」
ちゃんと飲み込んでから、にぱーっと笑って返したカナダ。
口を閉じた時、無意識なのか舌なめずりをしていた。
お気に召したようでなによりだ。
「カナダのために用意したって言ったでしょう?もっと食べて!」
「それは嬉しいけど、ウクライナはいいの?こんなに美味しいもの、独り占めできないよ」
「いいのよ!あなたが喜んでるところを見ていたら、私はそれだけで満足だもの!」
「ウクライナ…!!」
カナダは感動して、ついウクライナを抱きしめた。
女の子のウクライナよりも甘党のカナダからしてみれば、甘いものをくれる人は神様と同じくらい優しい存在だ。
兄が大食いということもあり、きっちり確保しておかないと、なんなら確保していても食べられてしまうので、尚更感動してしまったらしい。
「ふふふっ、カナダってば甘えん坊ね!私紅茶淹れてくるから、少し離して?」
「うん…僕も手伝おうか?」
「ありがとう、でも大丈夫!彼氏とは言え、お客さんだもん!ミルクティーでいい?」
「もちろん!本当にありがとう、ウクライナ。絶対お返しするからね」
「そんなのいいのに。カナダって本当に優しいね」
「ウクライナこそ。君ほど優しくて可愛い子は見たことないよ」
「も〜!そんなこと言ったって、ミルクティーくらいしか出してあげられないんだからね!」
「それで十分満足だよ。気をつけてね」
「うん!」
会話だけ聞くと仲の良いカップルだが、ウクライナは盗聴器の様子を調べるために手伝いを断った。
カナダは警戒もしていないようで、盗聴器が上手く働けば任務は完了だ。
「えっと…声を聞くには…あ、これね?」
お湯を待っている間に、ウクライナは盗聴器のスイッチを入れた。
ザザ、とノイズの音がして、愛しい彼の独り言が聞こえてくる。
『…はぁ〜、ウクライナってばかわいいな…』
『良いクッキーくれたし、お茶も淹れてくれているし、気配り上手な女の子っていいなぁ…』
「////」
そのうち、かつかつと画面と叩くような音が聞こえてきた。
どうやらカナダは、スマホを触り始めたようだ。
「…ふふ」
小さく笑って、カナダはスマホの音量を上げた。
「これ聞いたら、どんな反応するかな…きっとかわいいだろうなぁ…」
そしてカナダは、録音した音声を再生した。
『これ、カナダ喜んでくれるかな…甘いの好きだから喜んでくれるといいけど…』
それは、鈴が鳴るような綺麗で可愛いウクライナの声。
一昨日、クッキーを買いに行った帰りの音声。
次に、カナダは別の録音も再生した。
『…彼は、本当に私のもとにずっといてくれるのかしら…』
少し前、ウクライナが悩んでいた時の音声。
『は?ちょっと何勝手に入ってるわけ!?私のコレクションに近づかないで!』
一ヶ月前、ロシアにヒミツの部屋に入られた時の音声。
『はぁ…カナダってどうしてこんなに素敵なのかしら…ずっと眺めていたいわ…』
一年前、ウクライナがカナダを盗撮したアルバムの5冊目を作り始めた時の音声。
そして、
『…カ、カナダじゃない…なにこれ…?わわ、私…?』
現在の、困惑しきったウクライナの声。
「ふふ…僕と君は運命で結ばれているんだね。僕も、君と同じこと考えてたんだよ」
少し離れたキッチンではなく、脱いだ帽子に向かって語りかけるカナダ。
ウクライナの困惑した声は途切れ、自分の話を聞いてくれているようだった。
「僕は…3年くらい前かな?君は可愛いから、いらないやつに攫われそうで怖かったんだ。だから、君の家に遊びに行った時に盗聴器とGPSを取り付けさせてもらったの」
『驚いた?君が僕の写真でアルバムを作っているのも知ってるし、さっき盗聴器つけたのもわかってるよ』
いつもと変わらない、カナダの柔らかい声。
「…なーんだ。カナダはちゃんと、私のことを愛してくれてたのね!」
コメント
5件
兄弟、親共にやばいとか言ってるウクライナちゃんもかなり歪んでて大好き……お互い重いし異常なのにそれが2人にとっての幸せっていうのが良い……!
うあああああ!!!大好きです!!!!
どうも皆様、サカナです 初めて書いたカナウクがこれなの終わってますけど、ちゃんとピュアピュアなのも書きますのでご安心を でもこのシリーズにしては限りなく純愛だったと思います