「ジェラードはなぁ……何というか、足で稼ぐ情報屋、みたいな感じだったんだよ」
男は酒を煽りながら、話を続けた。
「足で稼ぐ、情報屋?」
「もう少し格好の良い言葉でいえば、『諜報員』ってやつだな。
情報を集めて、それを依頼主に渡すのが仕事だったのさ」
諜報員……。スパイとか、忍者みたいなものかな?
そうするとあの好色っぽい振る舞いは、女性に取り入って情報を引き出すためのスキル……みたいな感じだったり?
「そんな諜報員が、あんなに目立ってナンパしていて大丈夫なんですかね」
「アイツがああなったのは廃業してからだからな。
半ばヤケなところもあるんだろうよ」
「……廃業?」
「俺も詳しくは知らねぇが、裏の組織から受けた仕事が失敗したそうでな。
命こそ見逃してもらったものの、その代償として右腕を壊されちまったのさ」
「壊された……ですか?
そんな風には見えませんでしたけど……」
ここまで言うと、男は声を潜めて言ってくる。
「アイツは上手く誤魔化しているようだが、右腕が完全に動かねぇのさ。
さっきそっちの兄ちゃんが左腕を極めたときも、右手はポケットに入れたままだったろう?」
……言われてみれば、確かに。
ルークから拘束を解かれたときも、まったく受け身を取れていなかったようだし。
「はぁ……。
軽い人に見えましたが、結構重い話ですね」
「だからさ、酒場の連中も少しくらいは可哀そうに思っていてな。
そっちの兄ちゃんの怒りももっともだけどさ、今日のところは勘弁してやってくれよ。
アイツも、性根までは腐ったヤツじゃねぇからさ」
男は、ルークの方をちらっと見た。
「私としては、アイナ様やエミリアさんにちょっかいを出さなければ、特に問題はありません」
「おう、そっか。ありがとな……って、うん?
……『アイナ様』?」
「はい? 私ですけど、何か?」
「いや、何でも。偉い人だったのかって、ちょっとびっくりしてな。
そっかそっか、そっちの嬢ちゃんもお供なのかい?」
「はい♪」
男の質問に、笑顔で即答するエミリアさん。
ええ……?
ルークはともかく、エミリアさんは仲間のつもりだったんですけど……。
男は一通り話し終えると、お酒のお礼を言って去っていった。
「……はぁ。それにしても、人って分からないものですねぇ」
「右腕が使えないのであれば、もう少し静かに離せば良かったです」
「わたしは、さっきの方が言っていた『裏の組織』が気になります。
できるだけ、関係を持たないようにしましょうね」
私たちは、思い思いの感想を言い合った。
「……さて。
区切りも良くなっちゃったし、そろそろお開きにする?」
「そうですね。明日も朝7時の集合でよろしいですか?」
「うん、それで。
寝坊しないように、しっかり寝ておかないと」
「わたしも寝ることにします!」
「はい、お二人ともゆっくりお休みください。
私は土地勘を養っておきたいので……これから少し、外出して来ますね」
「あ、それなら私たちも行くよ?」
「いえ、大丈夫です。
……治安の悪そうな場所も見ておきたいので」
ああ、それなら私たちは行かない方が良さそうか。
「それじゃ、行くのはやめておくよ。
あ、ポーション持っていく?」
「それでは、お守り代わりに1本お願いします」
たくさんあっても、邪魔になりそうだからね。
そう思いながら、私は高級ポーションを1つ渡しておいた。
……これなら、酷い怪我を負っても1回くらいは大丈夫になるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルークを見送ったあとは、自分の部屋にさっさと戻る。
今日も問題なく終わり、ようやく訪れたプライベートな時間だ。
身の回りのことも全部済ませたし、これで今日は寝落ちをしても大丈夫!
……そう思って色々試していたら、今朝の寝坊に繋がってしまったんだけど……。
そんなわけで、今晩は錬金術やスキルの検証は止めておこうかな。
――となると、特にやることが無いなぁ……。
最近は慣れてきたとはいえ、この世界にはスマホもテレビも無いわけだし……。
ついでに『自分の家の自分の部屋』というわけでもないから、何となく置いてある本、みたいなものも無いし……。
……何かの本……。あっ。
「そうそう。
そういえば日本のホテルって、『聖書』が必ず置いてあるんだよね」
そんなことを思い出して、備え付けの机の引き出しを開けてみる。
……しかし、何も入っていなかった。
「ダメでした」
残念。私が宗教に興味を持つなんて、そうそう機会があるわけでも無いのに。
宗教といえば、エミリアさんも王都の聖堂に所属するプリーストなんだよね。
私は神様に会ったことはあるけど、エミリアさんのところはどんな神様を信仰しているんだろう。
……少し、気になってきたかも。
時間もあることだし、ちょっと話しに行ってみようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トントントン
「ひゃ、ひゃわぃ!?」
ドアをノックすると、エミリアさんの変な返事が聞こえてきた。
「ア、アイナさん!?
ちょ、ちょっと ごほっ お待ち、ください!」
中からどたどたと音がする。
しばらくするとドアが少し開いて、その隙間からエミリアさんが顔を覘かせた。
「すいません、お待たせしました。アイナさん、どうかされましたか?」
「いえ、何か暇を持て余してしまって。
もし良ければ、少しお話なんてどうかな……と」
「あ、そういうことですか。どうぞどうぞ、お入りください」
エミリアさんはドアを開けて、部屋の中に入れてくれた。
「それでは、お邪魔しまーす」
部屋に入ると荷物はまとまっていて、散らかしている様子は全然なかった。
エミリアさんもパジャマ姿だし、もうすぐ寝るところだったのかな?
さっきは慌てて何をしていたんだろう――
……などと思っていると、ベッドの上に、何やら置いてあるのが見えた。
「……エミリアさん、ベッドの上……。
あの、もしかして――」
「え? ……あ! あー、ダメです!
これは、違うんです!!」
エミリアさんはベッドに慌てて駆け寄り、その上のものを急いで両手の中に隠した。
「いや、違うも何も……。
そんなものが落ちてるわけないじゃないですか……」
「う、うー。は、恥ずかしい~っ!!!!」
「……あの、えぇっと」
そ、そんなに恥ずかしがることなのかなぁ? そう思いつつ、言葉を続ける。
「お腹、空いてたんですね?」
「…………………………………………はい」
エミリアさんは何かを観念して、両手に隠したお菓子をしずしずと差し出してきた。
……いや、差し出されても、別に要らないんですけど……。
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