「やっぱり皆さんずっと一緒にいらっしゃるから、クセとかも移ったりするんですか?」
まだ新しく入ったばかりだというメイクスタッフの女の子が不思議そうに俺に尋ねてきた。手に持つパレットの色を何度も確認している辺りが初々しくて微笑ましい。本当は作業で頭がいっぱいだろうに、俺がメイク中なども割と話す方だというのを聞いているのか気をつかってくれているのかもしれないと思うと少し申し訳なく思ってしまう。別にこちらも沈黙が苦手という訳でもないし、誰かとずっと話していたいわけでもないのだけれど、「ミセスの若井といえば陽キャで元気」みたいなイメージもあって、スタッフさんにも話題をいろいろと振ってしまうだけなのだが。
「えっ、どうなんだろう〜……」
俺は元貴や涼ちゃんの顔を思い浮かべる。確かに同じ時間を共有するうちにクセが移る、というのは聞かないわけではないが、当事者だとどれがそうなのかあまりピンと来ない。10年以上一緒にいるし、元貴にいたっては中学生の頃からだ。
「大森さんと藤澤さんが同時入りじゃないですか、だからメイク時間も被ってたんですけど」
彼女は手に取った筆の番号を確認してから戻した。それからそのボックスの中に立ててある筆をいくつか確認して、目当てのものを見つけたらしくほっとしたように息を吐く。
「あ、これだ……。すみません、目元失礼しますね。そうそう、おふたりがちょうど口グセについて話してて」
そう話しながらアイホールにアイシャドウを手際よく載せていく。
「大森さんがよく「こわい」って使うんですって、人が理解不能な行動した時とかに。それは藤澤さんは元々使ってなかったけど、今では使うなぁって言ってて」
確かに元貴はよく俺や涼ちゃんに対して、よくツッコミの代わりのように使う。
「あー……俺も確かに使うかも?元貴由来は結構あるかもね。ほら、一番いろんな言葉を知ってるから、元貴が使ってるのを聞いて自然と取り入れるようになってったりとかね」
特に涼ちゃんは、と心の中で付け加える。ほら、よく好きな人の癖は真似したくなるっていうし。そうじゃなくても好きでずっと見てるから移っちゃうとかね。
1回確認しますから目を開けてくださーい、と言われて目を開く。いつの間にかアイラインまで引いてある。入ってすぐでも最初の確認だけ先輩がついていただけであとは1人でこなしているあたり、かなり器用な子なのかもしれなかった。
「それで気づいたんですが、若井さんと藤澤さんは「めちゃくちゃ」のイントネーション同じですよね」
「えっ、そうなのかな」
思わぬ指摘に俺は首を傾げる。
「えぇ、ちょっと独特というか……私が地方出身だからそう感じるのかも」
どこの出身なのかと尋ねると、新潟県なのだという。涼ちゃんのお隣だね、というと、ふふ、と笑った。
「さっき若井さんが「チョコレートがめちゃくちゃ好き」って話された時に、藤澤さんが「僕めちゃくちゃひとりごと多いんですよ」って言った時のイントネーションと一緒だなぁって」
そうだったのか。これは誰由来なんだろうな、と考えてみたけれど、やっぱり分からなかった。でも彼との共通項があるのはなんだか嬉しいなと思ってしまう。
「そういうのって面白いね、人に言われないと気づかないかな……。きっと普通のクセ……動作とかのね、そういうのでもあるんだろうなぁ」
撮影が終わって控え室に戻ってくると、先に戻ってきていた涼ちゃんが俺に小さな箱を渡して寄越す。
「これ昨日もらったんだ~若井にもおすそわけ」
手元の箱に目をやると、有名ショコラトリーの期間限定品だ。
「うわ気になってたやつだこれ!えっいいの?!」
「うん、クッキーのとショコラのともらったから。若井絶対喜ぶだろうなって」
チョコレートめちゃくちゃ好きだもんね、と涼ちゃんが俺に笑いかける。ふとさっきのメイクスタッフの女の子の言葉を思い出す。一度意識してしまうと、なんだかどうやって発音したらいいか分からなくなってしまいそうだ。
「へへ、ありがとう」
早速開けちゃお、と言って包装紙を丁寧に剥がす。6個入りのショコラはどれもデザインから凝っていて可愛らしい。箱には各ショコラのフレーバーに関する説明書きが同封されている。
「うわ、ヤバいこれ迷うなぁ~。あっ、涼ちゃん抹茶味のあるよ、これは涼ちゃんにあげる」
彼が好きそうなフレーバーをみつけ嬉々としてそれを差し出すと
「いいの?ありがと~」
と言って俺の手に口元を近づけてそのままショコラを口に含む。手で受け取るだろうと思っていた俺はちょっとどぎまぎしてしまって
「もともと涼ちゃんのだけどね」
なんて笑ってそれを誤魔化す。そこにちょうど元貴も戻ってきた。
「おっ、タイミングいいな。元貴にも1個あげる」
「なになに?」
あっチョコレートじゃん、と元貴が箱をのぞき込む。
「涼ちゃんがくれたんだよ、元貴どれがいい?あっ、これとか好きそう」
「マジでもらっていいの?じゃあそれ」
はいよ、と今度は箱を差し出すも、元貴は自分でとるのが面倒なのか、あーんと口を開けた。
「自分でとれよ」
「え~」
口を尖らせた元貴に、も~そんなとこでめんどくさがって、と涼ちゃんがショコラを指でつかみ、その口に放り込む。
「投げ込むなよ雑だな!」
と怒る元貴。ごめんごめんと笑う涼ちゃんの楽しげな表情にちょっとだけ胸が痛む。気にしてないもんね、なんて言い聞かせて自分もひとつ気になったのを選び取って口に含む。コーヒー風味のそれは香りがよくて、控えめな甘さがちょうどいい。でもちょっとだけ、苦さが残る気がしてしまうのは気のせいだろう。
「わ、おいしいね」
へへ、と涼ちゃんに向かって笑いかける。
「幸せそうに食べるよねぇ」
と涼ちゃんも笑った。
「だってめちゃくちゃおいしいんだもん」
そう何気なく返してから、あっ本当だ同じじゃん、と気づく。何だか恥ずかしくなってしまって、誤魔化すように手元の包み紙を折りたたんでいると、急に元貴が吹き出した。
「なに、ほんとに若井もするんだそれ」
「えっ?」
不思議に思って元貴をみあげると
「涼ちゃんがさ、なんかいつもお弁当とかの包み紙折りたたんで謎の花とか鳥みたいなの作ってるからさ、いつも何変なことしてんのって聞いたんだよね。ほら今日昼休憩若井だけズレてたじゃん、その時に。そしたら、若井がしてるんだって」
俺全然気づいてなかったけどマジじゃん~と元貴は楽しそうに笑う。
「えっ、俺も無意識だった……」
いわれてみればなんとなく、手持ち無沙汰な時なんかにこうやって包装紙や箸袋を折りたたんでいるかもしれない。
「もうそれクセなんだろうね若井は。涼ちゃんがね、それみてそういうのさらっと作れるのカッコいいなって思って真似してんだって」
「ちょ、ちょっと元貴!それ本人に言わないって約束じゃない!」
あれ、そうだっけ?と元貴はきょとんとしてみせる。涼ちゃんは本人に暴露された恥ずかしさからか耳まで真っ赤だ。
「え~涼ちゃん不器用なのに作れんの?」
別に彼は純粋に俺の行動をすごいと思ってくれて真似してるんだろうけど、元貴も気づいていなかった俺の「クセ」に彼が気づいてくれたことがたまらなく嬉しかった。思わず上がってしまう口角を誤魔化そうと涼ちゃんを揶揄う言葉を口にする。
「い、いつもみてるからそれなりには……」
恥ずかしさを誤魔化しているのかこちらと目を合わせようともせず、小さくもごもごと話す涼ちゃん。そんな彼を、元貴はいたずらっぽい笑みを浮かべながらみている。
「涼ちゃんの、若井のかっこいいとこ探しももう立派にクセだよね」
まさか、まさかね。俺は芽生えたばかりの淡い期待に早鐘を打ち始める心臓を落ち着かせるために、もうひとつショコラを口にした。甘酸っぱいベリーのピューレが隠されたそれは、俺の口の中いっぱいに広がって甘さを身体に沁み渡らせていく。
※※※
いよいよ明日から映画の公開ですね〜たのしみ!
コメント
5件
若井の心情とチョコレートのフレーバーの描写が対応してるの好きすぎて、、、 メイクさんとのやり取りも、若井の「人を見てる目線」が描かれてるからリアルなのよねぇ 話の運びかたが上手すぎて😻
甘くてふわふわで可愛いです…涼ちゃんがいつも若井の事見てるからって…愛おしすぎました…ご馳走様です…😖💞
かわいぃ、、 これからの展開が気になります❤