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涼ちゃんのツッコミが珍しいー( ¨̮ ) 涼ちゃんの思いがもっくんに伝わり安心😌
ドアを隔てての会話が、喧嘩の不穏さを演出してて好き、、、 涼ちゃんは「少しでもいいから」ってもっくんの世界にいたいと思っているけれど、もっくんにとってはちゃんと構成要素として欠かせない存在として涼ちゃんがいるのも尊いぃ、、✨😭✨
rちゃんの優しさに甘えていたm君。 でもrちゃんの世界はm君で一杯なんだろうなぁ💕 そしてm君も…。 儚いけど揺らぎない2人の世界をありがとうございました💕
「もう知らないっ」
漫画の一コマか映画のワンシーンみたいなセリフを言い残して君は勢いよくドアを閉めた。これはおそらく、俺の記憶が正しければ付き合って初めての喧嘩ということになる。そして俺は、人生で初めてくらいの勢いで戸惑っている。それは、普段温厚な彼があれほどまでに怒りをあらわにしたことに対してだけではない。俺には彼の怒りの理由が全くといっていいほど分からないのだった。
呆気にとられたままぽかんと彼が大きな音を立てて閉めたドアを眺めていたが、我に返り必死に先程までの会話を思い出してみる。俺たちは今日、久しぶりの2人揃ってのオフ日だった。しかし、日頃の仕事量に疲れ切っていることもあり、家でのんびり過ごそうか、なんて遅めの朝食を済ませながら話していた。
「そしたら映画、久しぶりに観ようかな」
涼ちゃんは右手に持ったトーストをかじりながら、左手でスマホをいじりながら言う。アマプラで検索でもしているのかもしれない。
「ん、いいじゃん」
俺もスマホの画面を開くと、通知の溜まっているメールボックス。今日は開かないぞ、と心に決めていたけれど、一応急ぎの用事が来ていないかだけ確認してしまうのはハードワークに心も身体も麻痺している証拠かもしれない。
「あれ、こないだ新作だ〜とか言ってたMARVELの、もうアマプラでてる」
「いうてあれ半年以上前でしょ」
まじか……と涼ちゃんは遠くを見つめて息を吐く。
「最近時間の流れが早くて困っちゃうなぁ〜、せっかくだしこれ観ようか」
「あー、俺それ観たわ」
公開当時、どうしても観に行きたかった俺は、ハードスケジュールの中なんとか時間を作ってひとりで観に行ったのだ。あれ、そうなの?と涼ちゃんはちょっと残念そうに口を尖らせる。
「あっ、じゃあこっちにしようか。漫画原作のやつ」
涼ちゃんがスマホの画面をこちらにみせてくる。メールを確認しながらそちらを一瞥すると、俺も涼ちゃんも読んでいる漫画が原作で、結構話題にもなったやつだ。あぁでもどうしようかな、さっきのメールの案件、今日片付けちゃった方がいい気がする。
「うーん、俺はいいから涼ちゃん好きなの観たら?」
「えっ……あー、もしかしてお仕事?」
うーん、と俺はメールの詳細を読みながら唸る。
「そしたら他のことして俺待ってるよ、終わったら映画観よ」
「えー、いいよ、待たれてんのもなんかやだし」
そっか……と彼はおずおずと差し出したスマホを自分の方へと戻す。あ、落ち込んでるな。悪いことしちゃったな。せめてもの罪滅ぼしにと
「そうだ、こないだこれいいねって言って買ったキャラメルポップコーンあったじゃん。あれ食べながら映画観なよ、なかなか映画館行けないしさ。雰囲気出るじゃん」
奇しくもちょうど「最近映画館行けてないね」「映画館のポップコーン食べたいなぁ」なんて涼ちゃんと話していた折にみつけたキャラメルポップコーン。すごく喜んで買っていたし、楽しみにしていたようだったから、てっきりそれで機嫌を直してくれると思ったのに、彼の表情はさらに曇る。
「元貴はそれでいいの……?」
俺がポップコーンを食べなくてもいいのかと心配してくれているのだろうか。別にそれくらいいいのに。気に入ったならまた買えばいいんだし。
「別にポップコーンくらいいいよ。あ、じゃあめちゃくちゃ美味しかったらちょっとだけ残してといて。後で食う」
涼ちゃんは何か言いたげに口を開いて、でもその唇は静かに震えただけだった。そのまま彼は下唇をぐっ、と噛み締める。泣き出しそうなのを我慢する時のそれだ。何か様子がおかしいぞ、と気づくのと同時に
「もう知らないっ」
彼は勢いよく立ち上がったかと思うと食べかけの朝食もそのままに自分の部屋に引きこもってしまった。なんだというのだろう。映画をひとりで観ろと言ったので拗ねたのかもしれないが、正直いまさらこんなことで?と思わざるを得ない。自分の事ながらどうかとは思うが、仕事を理由にデートをすっぽかしたこともあるくらいこれまでに随分彼を蔑ろにしてきた自覚があった。それとも今までのそういった積み重ねにいよいよ彼の不満が爆発したのだろうか。どちらにせよ拗ねたままの恋人を放置しておいたのでは進む仕事も気が気で進まない。俺は彼の部屋の前に立って控えめにノックする。
「涼ちゃん?入るよ?」
返事は無い。仕方なくそのままドアノブに手をかけると、ガチャンと音がして強い引っかかりを覚える。鍵をかけて完全に籠城戦というわけらしい。仕方がないので、ドアを隔てて彼に語り掛ける。こちらの声は充分に聞こえているはずだった。
「ねぇ……ごめんね?俺もなるべく早く仕事終わらせるからさ?遅くなっちゃうかもしれないけどふたりで映画観よ?」
申し訳なく思っていることが伝わるように声の出し方を工夫し、なるべく気持ちを込めて優しく優しく言葉を紡ぐ。
「……僕、ひとりで映画観ろって言われたから拗ねてるんじゃないよ」
思ったよりも近くで声がする。どうやら彼はドアを隔ててすぐのところにいるらしかった。いつもよりも静かなトーンで紡がれる声が、なんだか俺の不安を煽る。
「……違うの?じゃあ、MARVELの映画行く時誘わなかったから?」
「違うよ、忙しい合間を縫って行ったんでしょ。誰かを誘う余裕がなかったことくらい分かるよ」
と、なればやはり今までの積み重ねか。しかし彼はそんな俺の考えをまるで読んだかのように
「言っとくけど日頃の不満が積もり積もってとかでもないから。僕、元貴のこと大好きだから不満とかあんまないもん」
さらっと可愛いことを言われた気がするけれど、今はそれで浮かれている場合では無い。今の状況はかなり絶体絶命。野球でいったら9回裏ツーアウトツーストライク、次外したらゲームオーバーだ。俺は頭をフル回転させる。
「……ポップコーン、ちょっと残しといてって言ったから……?」
もしかして全部食べたかったとか?考えに考えたはずなのにこんな馬鹿みたいな解答しか出てこない自分を殴りたくなる。
「違うに決まってるでしょ!」
涼ちゃんがさすがに声を荒らげて、ドアを開けた。
「なんて言ってあのポップコーン買ったか覚えてないの?!」
大きな声ではないけれど、怒気をはらんだその声は少し震えている。あぁ、涙目。こんな表情を彼にさせているのは俺だ。
「おいしそうだねって……」
「そりゃあね!おいしそうだから買うんじゃない」
涼ちゃんにしては珍しく的確なツッコミ。
「映画館みたいって……」
「そう」
涼ちゃんは頷く。あの日の君はキャラメルのたくさんかかったポップコーンの入ったカップ容器を手に取って、映画館のポップコーンのいいところを詰め込んだみたいって笑った。今度さ、これ食べながら映画観ようよ、コーラも用意して。本当に映画館に行った時みたいにさ。それに俺は笑って答えたのだ。
「いいね、おうち映画館デートだ」
あの日の俺の声と目の前にいる君の声が重なる。
「元貴、そう言ったんだよ、忘れちゃった?」
俺は黙って首を振る。覚えていた。でも思い出すのが遅すぎたのだ。
「ふたりで食べるのを楽しみにしてたのに、別に映画観る程の時間は取れなくても、ふたりが良かったのに……それをポップコーンくらい、だなんて。ひとりで食べろなんて」
俯いた涼ちゃんの肩は震えていた。
「ごめん」
今度の謝罪は自然と口をついてでたものだった。同情心を誘うような申し訳なさそうな声音でも、効果的なタイミングを狙ったものでも、戦略的に選びとった言葉でもない。俺は彼が隣にいてくれることに慣れすぎて、デートや特別なイベント事に限らず、些細な日常ごと彼との全てを蔑ろにしていたことに気づいたのだ。それは間違いなく今回のことに限らなかった。きっと俺は無意識のうちにたくさんたくさん彼の言葉を、優しさを、愛を、誰かが何気なく道に捨てていく紙屑のように扱ってきたに違いなかった。
「ごめん、ポップコーンのことだけじゃなくて。きっとこれまでにもたくさん……」
涼ちゃんが俺に勢いよく抱きつく。ちょっと痛いくらいの強さで彼は腕に力を込める。
「……僕のこと、100%じゃなくっていいよ、ほんの少しでいいの。ほんの少しでいいから、元貴の世界にいさせて」
あの日、何かが弾けるように君に強く惹かれたあの時から、君は俺の世界の重要な構成要素なんだ。見失っても、この世界から失われることなどない、大切な存在。
俺も彼と同様にその背中に腕を回し、きつくきつく、抱きしめる。その存在を確かめるように。今度はうっかり見失わないように。
「大丈夫、だからいなくならないで……」
涼ちゃんは笑う。俺の考えなど見透かしているかのように。
「大丈夫、ちゃんといるから、見失わないで」
そう言って君は俺の頬に優しく口付けた。