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蓮はふと足を止めた。 植え込みの陰に、誰かが身を潜めている。しゃがみ込む二つの影――それは、どこか見覚えのあるシルエットだった。
「……なに、やってるんだ?」
不思議に思って声をかければ、ビクッと肩を揺らし、ギクリとした様子で東海と美月が振り返った。
「しーっ! 静かに! 今、いいところなんだからっ!」
「隠れんぼでもしてるのかい?」
「違うって! 見ればわかるでしょ!」
小声で嗜められ、不審に思いながらも蓮は同じように腰を屈めた。植木の隙間から覗き込むと、ベンチに座った弓弦と雪之丞が、目と鼻の先で仲睦まじく話し込んでいる。
その光景を見た瞬間、「あっ……」と声を上げそうになり、咄嗟に自分の手で口を塞いだ。
「いま、何か聞こえませんでしたか?」
「え? さぁ……? 気のせいじゃないかな」
振り返り、辺りをきょろきょろと見渡す二人。蓮は身を極限まで低くして、なんとかやり過ごす。咄嗟にナギまで道連れにして引き摺り込んでしまったが、背に腹は代えられない。幸い気づかれてはいないようで、蓮はホッと胸を撫でおろし、緩く息を吐いた。
「……なんで俺まで……」
「ご、ごめん」
困惑して不満げな声を上げるナギに小声で謝罪しつつ、再び二人の様子を伺う。
「……今日は、ありがとうございました。ろっぷちゃんのお弁当、とても美味しかったです」
「そう? そっか……。良かった、そう言ってもらえたら嬉しいよ」
嬉しそうにはにかむ雪之丞の姿を見ていると、覗き見しているこちらまで毒気が抜かれていく。盗み聞きは良くないと分かっていても、つい耳を傾けずにはいられない。
「そ、それでですね……。あの……」
「えっ、うん? なに?」
雪之丞を前に、弓弦は落ち着かない様子で指先をいじりながら視線を泳がせている。いつもの氷のような冷静さは、今や影も形もない。
(あの弓弦が、こんなに分かりやすく動揺してるなんて……)
蓮の胸の奥がじわりと熱くなり、思わず固唾を呑む。
「ねぇ、これってもしかして……!」
「キタんじゃない!? ヤダ、なんだかこっちまでドキドキしてきたっ」
すぐ後ろで美月とナギが、顔を寄せ合って大はしゃぎで囁き合っている。
「お前ら、声がデカいって!」
と東海が青ざめて制止するが、興奮状態の二人の耳には届いていない。
雪之丞は首を傾げ、柔らかく微笑みながら弓弦の言葉を待っている。蓮は思わず、膝の上で拳を握りしめた。
(一体、何を言うつもりなんだ……?)
重苦しいほどの沈黙が続き、一同が固唾を呑んで見守る中、ついに意を決したように弓弦が顔を上げ、雪之丞を真っ直ぐに見上げた。
「その……」
「弓弦君……?」
頬を赤らめ、切実なまでの緊張を顔に張り付かせた弓弦。
「す、す……」
「酢?」
弓弦の唇が小刻みに震える。今にも飛び出しそうで出てこない言葉に、見守るこちらの胃まで痛くなってくる。そして、ついに彼が絞り出した言葉は――。
「す、寿司が食べたいです! 今度、作ってくれませんか……!?」
――その瞬間、植え込みの陰が音を立てて総崩れした。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「いや今じゃねぇだろ!!」
東海とナギが同時に地面に突っ伏し、美月は「私の恋バナ、返せぇぇ!」と絶叫(小声)して崩れ落ちる。
「あぁ、もう、ゆづってば……なにやってんのよ」
「寿司って……マジかよアイツ、ダッサ……」
まさかの「寿司」である。今、絶対そうじゃなかったはずだ。予想外すぎる展開に、蓮も盛大な肩透かしを食らった気分だった。 当の雪之丞はというと、きょとんとした顔をした後、ふっと吹き出した。
「ははっ、寿司……。そっか、お寿司が好きだったんだね。いいよ、なんだ、びっくりした。そんなに改まって言わなくてもいいのに……。今度、作るね」
(そんなわけないだろ!)
数多くの女性を虜にしてやまない人気俳優が何をやってるんだ、と蓮は頭を抱えたくなった。雪之丞も雪之丞だ。今の流れはどう考えても「そっち」ではない。
察してやれよ! と言いたいのは山々だが、雪之丞のこの純粋無垢な鈍感さを責めるのは酷だろうか。あるいは、かつては自分を想ってくれていた彼だけに、年下の、それも弟のような弓弦から告白されるなど、微塵も想像していないのかもしれない。
……鈍感すぎる。 蓮は額を押さえながら、心の中で盛大にツッコミを入れた。
「……こんな所で、何をしている。お前たちは」
背後から響いた氷点下の低い声に、一同はビクリと肩を震わせた。振り返ると、そこには呆れ顔の凛が、腕を組んで仁王立ちしていた。
「ひぃっ……!」
がっかりと項垂れていた美月と東海が飛び上がり、その騒ぎに気づいた弓弦と雪之丞もこちらを振り向いた。
「あ、貴方たちっ……いつから……っ!」
弓弦の顔が、みるみるうちに沸騰したかのように赤く染まっていく。
「大丈夫だよ、草薙」
東海がニヤリと笑い、わざとらしく肩をすくめた。
「お前が案外ヘタレだったなんて、誰にも言わねぇからさ」
「へへっ、ごめんね。ちょっと通りかかっただけなのよ」
美月も悪戯っぽく笑ってウインクを飛ばす。
「~~~~~~ッ!」
羞恥で首筋まで真っ赤に染まった弓弦は、視線を泳がせてしどろもどろになっている。まさか聞かれていたとは思わなかったのだろう。あの冷静沈着な彼がジワジワと茹で上がっていく姿は、実に新鮮な見ものだった。
「みんな、居たんなら声を掛けてくれればよかったのに……」
雪之丞だけは、のんきに首を傾げて呟いた。
「ゆきりん……。鈍すぎじゃん?」
ナギが盛大な溜息を吐く。
「え? えっ? なにが?」
雪之丞は本気で心当たりがない様子だ。
「本気で気づいてないわけ?」
ナギが呆れ声を漏らした瞬間――。
「ちょっと! 小鳥遊さん! 何を言うつもりですかっ!」
弓弦が真っ赤になって飛びかかり、ナギの口を無理やり塞いだ。
「……応援しているよ、草薙君」
蓮がからかうように優しく笑いかけると、弓弦はさらに耳まで真っ赤にし、バツが悪そうに視線を逸らした。
「え? なに? 何の話をしてるの?」
雪之丞は相変わらず不思議そうに瞬きを繰り返し、凛もまた、状況が全く呑み込めないまま、全員を順に見回して首を傾げていた。