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冬の風は、音まで白い。
駅前で、日葵が急に立ち止まった。
「……あれ」
顔色が少し悪い。
「日葵?」
次の瞬間、体がグラりと傾く。
俺は慌てて支える。
「日葵!?大丈夫か!!」
「…ちょっと、立ちくらみかな」
笑おうとする。でも、上手く笑えない。
視界が揺れているのが分かる。
気づけば、白い天井だっただろう。
消毒液の匂い。
機械の小さい音。
ベッドの横で、日葵が目を開ける。
「……日葵?」
「……ねぇ、怒ってる?」
かすれた声をしていた。
「怒るに決まってるだろ」
喉に詰まる。
「なんで…”癌“になったってこと言わなかった」
俺は涙目になっていた。
少しの沈黙。
それから。
「……知ってたんだ」
「最初から」
時間が止まったような感覚になった。
「胃、にできてたの」
「でもね、ちゃんと縮小してたの。 前まではね」
その目は俺を真っ直ぐに見ている。
「だから…大丈夫だと思ってた」
その”思った”が、胸に刺さる。
「前にちょっと体調崩したの覚えてる?」
覚えてる。
紫陽花の頃。
コスモスの中で。
パンジーの前で。
「改めて、病院に行ったんだ。そしたら……」
怖がっている目じゃない。
ただ、少しだけ寂しそうな目。
「再発…してたってこと?」
俺の声は、少し震えていた。
「言ったら、変わっちゃうでしょ?」
「…今までみたいにいられなくなるってこと?」
「うん……ごめんね。」
日葵は、シーツを強く握る。
「でもさ、まだ終わりじゃないから。ね?」
必死に笑う。
「だから泣かないでね。
ちゃんと治療すれば、きっと大丈夫」
ベッドの脇の窓辺に、小さな植木鉢があった。
俯いて咲く、シクラメン。
「シクラメンって、水から花粉を守るために下向きで咲くんだって。」
「花言葉は、”遠慮“とか”内気“なんだって。」
少しだけ俺は目を伏せる。
「私は、心配させたくないから遠慮して」
「シクラメンとは違って…大切なものを傷つけてた。」
そのとき、
日葵の頬にひとつの雫が渡っていた。
「……ばか」
それしか言えない。
強く日葵の手を握る。
その温度は、ちゃんとある。
まだ終わりじゃない。
そう信じるしかなかった。
シクラメンの花言葉──「遠慮」「内気」