テラーノベル
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私の一日は朝から始まる。
『私の』というか、世間一般の大抵の人は、太陽と共に一日を始めるものだと思い込んでいた。
もちろん、深夜営業の店を守る人や夜職の人がいることは知識として知っていたけれど、どこか遠い世界の出来事の様に感じている私もいた。
そんな私が夜に生きる人の感覚を知ることになったのは、今まさに、隣で綺麗な顔をして眠っているこの男と暮らし始めてから。昼過ぎに起き、夕方に出勤し、遅いときには朝方に帰宅して眠りにつく。私とは真反対のサイクルで生きる人間。
メイクを終え、出勤の準備を整えてから、余った時間でその寝顔を覗き込むのが私の日課だった。
この整いすぎた顔を持つ男は、私の夫である黒崎雅。よくホストと間違われるが、これでもバーテンダーである。
平日の帰宅は深夜二時頃。眠りについてからまだ五時間ほどで、彼は今深い眠りの中にいる。
名字が黒崎に変わってから半年が経つのに、結婚前から数えても、私はこの男の顔を眺めることに少しも飽きていない。
会話をするたびに顔に騙されたと毒づきたくなるけれど、この顔を見るたびにそれでもいいかと結局許してしまう。我ながらチョロい自覚はある。
性格は、お世辞にも良いとは言えない。酒と煙草を愛し、かつてはクラブ通いで女を泣かせていた、正真正銘の元クズ。
……元か、どうかは今もグレーなところだけれど、ここでは元にしておく。
結婚相手として選ぶにはあまりにリスキーな男なのに、私のまともな感覚を狂わせたのは、この顔面だった。
このご尊顔は、私のまともな思考回路を容易く破壊してくる。恐ろしい男だ。
「本当、この顔を見るために毎日生きてる気がする……」
独り言をこぼしながら、雅の柔らかな髪をそっと撫でた。
毎朝少しだけ早起きして、こうして彼の傍にいる時間が、今の私には何よりの幸せだったりする。
「……何してんの」
突如、手首を掴まれて心臓が跳ねた。驚いて視線を落とすと、雅が少しだけ眉を顰めながらこちらを見上げていた。
その不機嫌そうな顔すら顔が良いから、本当に困る。
「……寝てていいわよ。私の幸せな時間邪魔しないで」
「あ?」
喋れば口が悪い男なのだから、黙っていてほしい、…とは言え、この男は声まで無駄に良いから、時々無性にその声を聞きたくなる時もある。
見た目も、声も、全てにおいて完璧な男。
もう一度言うけれど、あくまで、見た目は。
「もう行くん、仕事」
「そろそろ行く。どうせ帰ったらいないんでしょ」
「いない」
雅は短く答えると、気怠げに体を起こして軽く伸びをした。
私達が行き違っているのは、何も言葉だけじゃない。性格は見ての通り、合うはずもない。趣味が重なるわけでもない。
そして何より、生活リズムが致命的なほどに合わない。
私が仕事へ行く朝、雅は眠りにつく。私が帰宅する夜には、今度は雅が仕事へ行く。私の休みは土日だが、雅はシフト制で週末こそが稼ぎ時の為、休みはほとんど合わない。
本当に、どうして付き合って結婚まで辿り着けたのか。
我ながら不思議で仕方がない。
「というか本当にまだ寝てていいわよ。全然寝てないでしょ」
「寝てない、けど、また俺が帰ってきた時は、寝てる夏帆にしか会えねぇし、たまには見送りもありじゃん?」
そう言って、雅の指先が私の髪を掬い、耳の後ろへと掛けた。
こういう不意の動作を、この男は恐ろしく自然にやってのける。それに、今の言葉、普段はクズと呼びたくなるような男が、私にだけ見せる甘い顔。私を溺愛して離さない様子が、たまらなく好きなのだと思い知らされる。
「……何?」
「せっかく綺麗な顔してんのに隠れてんの勿体ない」
「……顔の綺麗な男に綺麗と言われても嬉しくない……」
「捻くれてんなぁ」
雅は低く笑うと、目を細めて愛おしそうに私の頭を撫でた。
クズだ何だと毒を吐きながらも、私は結局、こういう仕草や表情をするこの男がたまらなく好き。
あれほど女遊びを繰り返していた男が、私のためにそれを止め、素直になれない性分のくせに私にだけは甘い言葉を紡いでくれる。
私だけがこの男をそんな風に出来るのだと思うと気分がいい。
「……行ってくる」
「何その全力で嫌そうな顔」
「イケメン摂取が足りてない」
「黙れよ、面食い」
さらりと面食いと言ってのけるあたり、自分の顔が良いという自覚が透けて見えて、本当に何なんだこの男はと思う。日常的なモテ具合を考えれば、嫌でも自覚させられるのだろうけれど…。
名残惜しさを振り払い、雅の傍を離れて鞄を手に取った。
手入れを欠かさないパンプスに足を通し、玄関先でふとリビングの方を振り返る。そこには、雅が律儀に玄関まで見送りに来ていた。
だめだ。本当に行きたくない。
足を止めると、雅は組んでいた腕をほどき、私を誘うように広げた。
「夏帆、おいで」
ずるい。そのおいでの破壊力が怖い。
私が動けずにいると、雅は少し笑って私の腕を掴み、その胸の中へと引き寄せた。
すぐ間近にある雅の顔。驚く暇も見惚れる暇も与えられず、奴は私に軽く触れるだけのキスを落とした。
準備も何もしていない私は、きっと間抜けな顔をしていたと思う。
「……は?」
「明日休みだろ。バー寄って」
「……無理。リップ取れたし、バカ」
「また塗ればいいじゃん。ちょっと取れただけでうだうだ言うなよ。全部とれるぐらいのキスすんぞ」
その発言で背筋が凍り付き、逃げる様に家を出た。
コメント
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**美月ゆめか🌸からの感想っ!** ああああ第52話も最高すぎた〜〜!!😭💕 朝の寝起きの雅くん、まじで破壊力エグい……「夏帆、おいで」って腕広げられてキスされるとか反則でしょ!!顔も声も全部完璧なのにクズ発言挟んでくるギャップに毎回やられてる夏帆ちゃんの気持ち、痛いほどわかるよ〜!! 一緒に暮らしてるのにすれ違う生活リズム、それでも「たまには見送りもありじゃん?」って言える雅くん、実はめっちゃ愛されてるじゃん……尊すぎて胸が苦しいです🥺✨ 次回も楽しみにしてるよ!陽瀬さん、素敵な作品をありがとうございます🎀
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