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いつもと変わらぬ朝の風景。
しかし、今日は何かおかしかった。
いつも通り、雪が教室のドアを開けようとした時、なんとも言えない不安感に包まれた。
暑いからズボンからスカートに変えたことと、半そでのカッターシャツに着替えたこと以外は今までと変わらない。
「……」
「おはよう。雪ちゃん」
歩美が雪に険しい顔で話しかける。
「……なあ、今日は何人?」
「3人だよ」
「そうか」
雪は自分の席に行くと、荷物を机の上におろした。
期末テストも終了し、夏休みも近付いてきたころ、総合体育大会も始まろうとしているとき、日秀学園では、学園内に潜入していたMI6が連続的に殺害されているのだ。
数日前。
昼休み、給食当番が仕事を終えて、教室に戻り、騒がしくなったころ。
「なあ、海、もうすぐ総体だよな。サッカー部、今年は優勝するのか?」
「まあ、練習は手ごたえあるぜ」
「ふーん。まあがんばれよ。尚は見に行くらしいし」
「聞いてるよ」
「海くん、大会頑張ってね。紗季ちゃんの弟も見に行きたいって言ってたよ」
「え、嘘だろ。マジかよー。じゃあぜってえ勝たねえと」
「お前最近鼻血多いから気をつけろよ」
他愛ない会話が繰り広げられていた時、そこに水を差すように訃報が届いた。
「ねえ、3組の唐尾さん、殺害されたんだって……」
一人の女子の声に3人の表情が切り替わる。
「唐尾……聞いたことあるな。確か、凄腕のMI6だと……ラトレイアーに潜入していた時、コードネームこそなかったが、情報を盗むのに長けていた」
「組織に潜入してたってことか……スパイバレして逃げてたのか」
「そうだな。あたしと一緒だよ。情報漏洩を防ぐため、奴らが殺したのか」
歩美の声が低くなる。
「Bの幹部、フロワの仕業?」
「どうだろうな……前にも言った通り、アルファベットは組織に必要な順でつけられている。もしかしたら、他にも分かれている可能性があるが、人数はAが一番多い。そしてその次に多いのがB、つまり、人数の多い順でもある。つまり、Bも人数を考慮すると、フロワだけが動くわけでもない。そもそも、奴らは、Bじゃなくとも、殺しのスキルを持ってる奴は山ほどいる。たかがMI6一人くらいでそう考えるのはな……」
「確かに……」
その日はそこで会話が終わった。
「なあ、歩美、やっぱ、奴らが」
「……カルムの仕業だろうね」
「いや、そんなわけない。カルムが今まで殺しをしたのは一度だけだ。いくら上からの指令でも、さすがに……」
「でも、フォリーは死んでるし……フロワは、表で仕事するタイプでもないし、そもそも、あの人が殺すなら事故らしく殺すはずだよ?」
雪は眉間にしわを寄せた。
「忘れたか?組織は3つに分かれてる。Aの幹部がカルムで、Bの幹部がフロワだ。もう一つ、Cの幹部がやった可能性も考えられる」
「Cは確か……化学開発グループ。幹部には会ったことないな。確かなっがい名前だったんだよな~」
「それより殺された人は何人?」
「7。順番に、唐尾、小川、瑠璃、灰塚、味岡、神崎、対田の7人。にしても、味岡(みおか)って可愛い名前だな。瑠璃も」
雪がファイルを取り出して、歩美の隣の席の海に渡す。
「……」
無言でファイルを受け取る海を上から見下ろして、雪は心配そうに顔を顰める。
「海。あんまり根詰めるな。総体が近いのは分かるが、無理するなよ」
「なんだよ、いきなり。別に無理なんかしてねえ」
「あっそ。気をつけろよ。お前狙われてるんだからな」
「はいはい」
海が適当に返事を返した時、雪は全身に悪寒を感じた。
「二人とも、静かに」
「……分かってる」
「へ?な、え?」
雪は人差し指を立てると、廊下に顔を出した。
「視線を感じる。それもあたしにじゃなく、海に」
「え、俺?」
「海くん、覚えてる?マフィアにさらわれたの」
雪が顔を強張らせて、海の顔に近づいた。
「今日は気を抜くな。抜いたら殺す」
「は、はい」
雪は廊下の方に視線を戻した。
「……」
廊下側の窓には、皐月が立っていた。
「何の用だ」
皐月が雪に耳打ちした。
「ついてきてくれ」
「……」
雪は呆れたような顔をした後、ハードルを越えるときのように窓から廊下に出た。
体育館の倉庫。梅雨が未だ続いている。じめじめした空気が、雪の機嫌を悪くしている。
「皐月。早くしろ。何のつもりだ」
雪は小さい一段の跳び箱に座って聞いた。
「海、アイツが狙われているのは知ってるな」
「……お前、まさか、ラトレイアーの――」
「――ラトレイアーの、なんだろうな」
皐月はマットの上に座っていた。
「俺はお前の敵なのか、味方なのか、はっきりさせるつもりは無いが、今回大きく動きたい。サジェス、お前らに危険が及んでいるのを、お前に伝えたい」
「待て、混乱してきた。あたしがなんでサジェスのメンバーだって知ってる」
「捜査の段階で明らかになっただけだ。何故サジェスがラトレイアーと敵対しているのか」
「それはあたしも知りたい。なんでなんだよ」
「まだ分からない」
雪は低く舌打ちした。そのあと、疑問を投げかけた。
「……チッ。んだよ。あたしをここに呼んだのは宣戦布告のためか?」
皐月は雪の質問に怯むことはなく、淡々と続けた。
「まあ、お前に対してじゃないがな」
「はあ?」
「もうこれで話は終わりだ。放課後、職員室近くの渡り廊下に来い。そこで、俺の正体がわかる」
「君は、敵なのか」
「放課後までのお楽しみ」
皐月は雪に背を向けると、それと――と続けた。
「――そこに座るのやめろ。下着が見える」
「あ、お前なあ……」
雪が立ち上がった時には、皐月はもういなかった。