彼が去った夫婦の部屋から続き部屋の自身の私的空間へと戻り三人掛けのソファへと座る。入浴後にメイド達が丹念にマッサージをして香油を塗り込み軽く化粧までして、恥ずかしい夜着を着て緊張しながら待っていた私の時間を返して欲しい。全くもってくだらない。婚姻の意味をわからないのかしら。わかっていても自分の気持ちに嘘はつけない…なんて悲劇の男ぶってるのかしらね。彼の言った彼女に思い当たる人物はいるのだ。婚約者としてそばにいれば彼がどこを見て誰を見つめて誰を探して…なんて気づくわよ。
ふーとため息を吐きながら天井を見上げる。馴染みのない天井。今日から我が家となった屋敷の天井。さすがに疲れたから眠りたい。服も着替えて化粧も落として今後を考えなければならない。ソファから身を起こし近くにあるベルを鳴らす。専属メイドのジュノがやってくるだろう、予想より早くしかも夫婦の寝室ではない夫人の部屋からの呼び出しにおかしいと思うだろうが仕方ない。ディーターから連れてきて良かった。これが公爵家のメイドならどんな顔をされるかわかったものではない。気心知れてるジュノならば話しやすい。扉を叩く音の後、私が返事をするとジュノが扉を開けてこちらに向かってきた。その顔はやはり険しい。
「お嬢様、いえ奥様どうされましたか?」
ジュノは夫婦の寝室に続く扉をひと目見て私に聞いてきた。私の姿は送り出した数刻前と変わらない。何があったのかとその目が問う。
「カイランは想い人に操を捧げるそうよ。だから私とは寝室を共にしないのですって。面白いわよね」
私の言葉に目を丸くするジュノ。お腹の辺りで組んでいる手が震えている。やはり他人が聞いてもおかしな事なのだ。私はまたため息をつく。
「どうしようかしらね。ディーターの家には相談しにくいわ。私が怒られそうだもの。お前に魅力がないからだ、とかもっと誘惑しろだとか。はぁ面倒なことになったわ」
私が泣いたりもせず怒ったりもせず、ただ困っていると言うとジュノはさすが私の長年のメイド、私の事は理解している。
「今日はもうお疲れでしょう。寝やすい夜着に着替えて化粧も落としましょう。お嬢様の部屋でゆっくり休んでください」
ジュノはさっさと動いて箪笥から夜着をみつくろい、私が着ている恥ずかしい服を脱がせると生地が柔らかくゆとりのある馴染みの夜着を渡してきた。礼をいい袖を通す。やはり落ち着く。隠れるところが隠れて丈も長い。その後ジュノが温かいお湯を持ってきて布で優しく顔を拭ってくれた。さっぱりといい気持ちになった私は、もう寝るわと隣の夫人専用寝室へと向かう。ここも馴染みのない私の新しい部屋。今日からここで寝起きするのかと思い、少し気が沈むが早々に諦めベットに沈む。おやすみなさいませ、とジュノの声がした。私は何も言わず布をかぶり、そこから手だけだしてヒラヒラと挨拶をした。
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