甘味の国の空は、さっきよりもずっと静かだった。
静かすぎて、怖いくらい。
ミルが光の道を引きながら先を飛び、私とリンはその後ろを走っていた。
「ミル……本当に大丈夫?」
「大丈夫。……ちょっと、眩しいだけ」
そう言うけれど、ミルの体はもう輪郭すら曖昧だった。
光そのものみたいに薄くて、手を伸ばせばそのまますり抜けてしまいそう。
(早く、早く行かないと……ミルが戻れなくなる)
そんな焦りが胸の奥にずっと渦巻いていた。
光の道がぷつりと途切れた。
そこには、大きな谷が広がっていた。
……いや、「谷」と言っていいのかわからない。
谷底が空に向かって“浮き上がって”いて、
空が地面みたいに“沈んでる”。
「……また全部、ひっくり返ってる……」
リンが険しい表情で頷いた。
「ここは“裏返しの谷”。
ぼくが初めて、自分の気持ちをごまかした場所……だと思う」
せつない響きの言葉だった。
「甘さだけで、全部隠そうとしたんだ。
本当は不安で、寂しくて、苦かったのに……
“甘いふり”をしてた」
ミルがそっとリンの肩に触れた。
「リン、それは悪いことじゃないよ。
誰だって心が追いつけないときはあるもの」
リンはうつむいて、私の手を握った。
「のあ……怖いけど……行こう」
「うん。絶対行こう」
そのとき——
空間が、ぶちっと裂けた。
谷の真ん中に、色のない穴が開き、
そこから“味のない霧”が流れ出してきた。
甘くもない、苦くもない、何も感じない……
触れた瞬間に、心がスッと冷たくなるような霧。
「来た……無味の世界の“侵食”」
リンが私の手を強く握りしめた。
「のあ、近づかないで。
あれに触れると……何も感じられなくなる」
ミルがふわっと前に出る。
「のあちゃん、リン……後ろに」
ミルの表情が決意に満ちていた。
いつもの柔らかい優しさとは違う、
“守る”ための強い光。
「ミル? ダメだよ! ミルは今……」
「わかってる。でも……最後くらい、守らせて」
ミルの翼が強く輝いた。
その光に触れた“無味の霧”は、パリパリと砕けて消えていく。
「ミル……!」
リンの声が震える。
「ミル……もうそんな力、使っちゃだめだよ!
消えちゃう……!」
ミルは微笑んだ。
「ねえ、リン。
私、最後まで“甘さ”でいたいんだ」
「……っ!」
「あなたをあたためて、安心させて、包んであげる存在で……
そうやって戻っていきたい」
リンの目に涙が浮かぶ。
私も胸がぎゅっと痛くて苦しかった。
(ミル……そんなの……)
でも。
ミルの光がひときわ強くなり、
霧を押し返したその瞬間——
谷の最奥に、“糸のような光の扉”が現れた。






