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窓の外では、誰かが騒いでいる声。階下のベンチには蓮司がいて、例によって軽口を叩いていた。
──いや、蓮司の声はもう耳の奥にこびりついている。
笑いながら、人を突き刺す。
そういう奴だって、最初からわかってた。
(……でも、こいつはまだ“嘘”を笑える)
遥は、教室の片隅で一人、頬杖をついていた。
机の端には、昼食の残り。開けかけたままのノート。
そのどれもが、自分のものじゃないみたいに遠かった。
「……付き合ってるから」
そう言ったのは、自分だった。
あの瞬間、蓮司の腕を掴んだ自分の手の温度さえ、もう思い出せない。
ただ、口が勝手に動いた。
台詞を読むみたいに、流れで。
(あれ、“演技”だったのか……?)
自分でも、よくわからない。
ただ、言わなきゃいけない気がした。
そう言えば、日下部は何も言えなくなると、どこかで確信してた。
だけど──
(……なんで、あんな顔してたんだよ)
日下部の表情。
驚きと、怒りと、なにか別のもの──
どうでもいい。
……いや、そう思いたかった。
目を上げると、ちょうど日下部の視線とぶつかった。
斜め前の席、教室の対角線。
(見てんな)
すぐに逸らす。
だけど、確かに見られてた。
──なんで、そんな目で見んだよ。
憐れみか? 心配か? 怒りか?
どれも違う。
でも、全部混ざってるようで……気持ち悪かった。
遥は、ゆっくりと口角を上げた。
乾いた、形だけの笑い。
「……なんでもねぇよ、バーカ」
誰にも聞こえないように呟く。
笑えば、全部、済むと思ってた。
笑えば、「気にしてないんだな」って思われる。
舌を出して、腰を揺らして、ふざけて見せて──
それが、「壊れる前の防波堤」だった。
でも、今は違う。
もう、守りたいものなんかない。
誰かに気づかれたくもない。
「付き合ってるから」なんて言葉を吐いた自分を、正直、もう覚えていたくない。
(じゃあ……なんで言った?)
理由なんかない。
強いて言うなら──
“日下部の視線から逃げたかった”。
蓮司を選んだんじゃない。
日下部を、選べなかった。
日下部に見透かされるのが怖かった。
哀れまれるのが、耐えられなかった。
だったら、最初から“もう壊れてる奴”として見られたほうが、ずっと楽だった。
窓から差し込む光が、机の上を白く照らしている。
自分の影が、やけに薄く見えた。
(これ、俺じゃなくてもよくね……?)
演技は、もう自己防衛じゃない。
逃げ道でも、武器でもない。
“誰でもいいように見せかけるための皮”だ。
そこに本当の自分なんて、もう残っていない。
「──ねえ、なに考えてんの」
蓮司の声が、後ろから聞こえた。
振り返らず、遥はただ笑って、肩をすくめた。
「さぁ? なーんも考えてねぇよ、俺」
そう言って笑った自分の顔が、
誰よりも“気持ち悪い”ことを、
本人だけが気づいていた。