第6話:「フルーツと誤解」
その日の午後、インターホンが鳴った。家の玄関を開けると、涼がフルーツの箱を抱えて立っていた。彼が持っていたのは、色とりどりの果物がぎっしり詰められた大きな箱だった。
「うちの母さんが、お前ん家にフルーツ持ってきてくれって言われたんだ。」
涼は少し照れくさそうに言った。突然のことで、私はびっくりして言葉が出なかった。涼が家に来るなんて珍しいし、さらにフルーツまで。どうしてそんなことになったのか、全然想像できなかった。
「え、なんで?うちにフルーツ?」
「いや、昨日クッキーもらったからさ。お返しだよ。」
涼はクスッと笑いながら言ったけれど、その笑顔が少しだけぎこちない気がした。
「あ、じゃあ…入って。」
私は慌てて涼を家に入れると、涼はフルーツの箱を慎重に持ちながら、玄関を上がってきた。私の心はどこか落ち着かず、何も言えずに涼について行くしかなかった。
リビングに入ると、母が笑顔で涼を迎え入れた。
「涼くん、ありがとうね〜。」
「いや、別に。」
涼はすぐに礼儀正しく答えるけれど、目線はどこかそわそわしている。どうやら、家に来るのは初めてだからか、ちょっと緊張している様子だった。
「涼くんも座って。奈子、ジュースでも出したら?」
母がそう言うと、私は涼の隣に座るように指示された。そこで私の心臓がドキドキし始めた。涼が家にいるなんて、こんなに意識することになるなんて思ってもみなかった。
母が台所に行った隙を狙って、私は小声で言った。
「涼、なんでわざわざフルーツ?」
涼は少しだけ驚いた顔をしてから、答えた。
「いや、ほんとにただのお返しだって。昨日のクッキーのこと、気にしてくれたんだろ?」
その言葉に、私は少し安心する。けれど、涼の言葉の奥に、何か別の意味が隠れているように感じて、私はそれが気になり始めた。
すると、突如、母が言った。
「奈子、涼くんが来たんだし、部屋に案内しなさいよ!」
「えっ?」
「いいじゃない、涼くんだし。」
「お母さん、勝手に…」
私は慌てて立ち上がると、母は笑いながら涼に向かって言った。
「じゃあ、涼くんも奈子の部屋見てって。今、部屋片付けてたところだから。」
「えぇ!?」
涼が少し驚いた顔をしたけれど、母は完全に涼を押し込もうとしていた。涼はそんな母の勢いに負けて、ついて来ることになった。
私はもう、どうしていいかわからなかった。部屋に案内するのは無理だと思っていたけれど、こんな風に急に涼と2人きりになるなんて。うぇ…。ゲホゲホ
部屋に着くと、私はしどろもどろになってしまった。
「ごめん、ちょっと…片付けてなかったんだよね。」
「全然、気にしないよ。」
涼は優しく言ったけれど、私の顔がどんどん熱くなるのがわかった。
「涼、渚のことでさ…」
私はうまく言葉を出せずにいたけれど、涼がやっとそれを切り出した。
「ごめん、あの日、ちょっと変に見えたかもしれないけど、あれは…」
涼が真剣に言ったその時、私は気づいてしまった。
「涼、好きな人いるんだよね?」
突然、口からその言葉が出てしまった。やば。
涼は少し驚いた顔をしてから、深く息をついた。
「うん…実はそうなんだ。渚じゃないよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸が締め付けられた。涼が、他の誰かを好きだって、私はもう知らなきゃいけないんだって、強く感じた。
「そっか。」
「でも、奈子には言ってなかったし…」
涼は少し照れくさそうに言ったけれど、その言葉が私を余計に切なくさせた。
「ごめん、なんでもない。」
私は涼を見つめながら、ぎゅっと目を閉じた。涼の好きな人…私じゃないって、きっと分かってた。でも、胸の中でそのことを認めるのは、こんなにも苦しいものだとは思わなかった。
涼は少し困ったように笑って、「じゃあ、今度また遊ぼうな」と言って、部屋を出ようとした。私はその言葉に答えることができずに、ただただ涼の背中を見送るしかなかった。…なにが遊ぼうな、よ。
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