テラーノベル
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車両の赤い尾灯が闇の向こうへ消えていく。誰もがしばらくその方向を見ていた。
やがて誰かが息を吐く。
「帰っちゃいましたね」
返事はない。
見送りが終わったことを確認するように、皆が少しずつ動き始める。
食堂へ戻る者。
見張りへ向かう者。
煙草に火をつける者。
整備兵は照れ臭そうに頭を掻きながら呟いた。
「気に入ってくれたかな」
誰かが肩を叩く。
「そりゃ喜んでたろ」
「だといいけどな」
小さな笑いが起きる。
張り詰めていた視察は終わった。
久しぶりに隊へ訪れた穏やかな時間だった。
――そのはずだった。
「隊長命令だ」
副官の声が響く。
食堂にいた隊員たちが顔を上げた。
「全員、食堂集合」
短い言葉だった。
理由はない。
説明もない。
だが、その声色だけで何人かの表情が変わる。
「何かあったのか?」
「知らん。とにかく集合だ」
談笑は自然と消えた。
数分後。
二十名ほどの隊員が食堂へ集まっていた。
妙な静けさがある。
誰も大きな声を出さない。
何となく分かるからだ。
隊長がこういう集め方をするときは、ろくな話ではない。
そして。
食堂の扉が開く。
ユウが入ってくる。
無言。
足音だけが響く。
一直線に前へ進む。
誰も話しかけない。
視線だけが集まる。
ユウは中央で立ち止まる。
ゆっくりと拳銃を抜く。
一瞬だけ空気が張り詰めた。
次の瞬間。
乾いた破裂音が食堂を揺らした。
パンッ――
空砲。
鼓膜を叩く衝撃。
椅子が鳴る。
反射的に全員の背筋が伸びた。
兵士として染み付いた反応だった。
ユウは拳銃を下ろす。
静寂。
誰も口を開かない。
「総員、注目」
低い声。
怒鳴ってはいない。
だが全員に届く。
「臨時戦闘待機体制を発令する」
空気が変わる。
「十五分」
短い。
「装備点検」
「通信確認」
「車両確認」
「即応体制維持」
必要な命令だけ。
理由は説明しない。
質問も求めない。
ユウは全員を見渡した。
一人ずつ。
確認するように。
そして最後に言う。
「最悪を想定しろ」
それだけだった。
「了解!」
声が揃う。
椅子が引かれる。
隊員たちが一斉に動き出した。
通信班は機材庫へ。
整備班は車両置き場へ。
武器を確認する者。
予備弾薬を数える者。
数分前までの穏やかな空気は跡形もない。
そこにいるのは兵士たちだった。
やがて食堂から人が消える。
静寂が戻る。
残ったのはユウだけだった。
机の端に紙コップが置かれている。
天音が使っていたものだ。
半分ほど残った飲み物は、もう冷めていた。
ユウはそれを見つめる。 。
拳銃をホルスターへ戻す。
金具が小さく鳴る。
窓の外では夜風が吹いていた。
静かだった。
静かすぎるほどに。
だからこそユウは信じていた。
戦場で一番当てになるものを。
説明のつかない嫌な予感を。
何かが起きる。
そしてその中心に、きっと天音がいる。
そんな確信だけが、胸の奥に残っていた。
コメント
4件
なぜだろう。ゲストさんがさっそくいいね押してくれてる ありがとうだけど早すぎてびっくり
**美月ゆめか🌸の感想** いやもう冒頭の静けさからの急転直下がエモすぎた!!「最悪を想定しろ」って言い放ったユウの覚悟とか、机に残された天音の紙コップに目をやるラストとか…静寂の中で胸の奥に確信を抱く描写、めちゃくちゃ心臓掴まれたよ😭💕 空砲一発で隊の空気が切り替わる緊迫感が映像のように浮かんで、読後もずっと余韻が残ってる。星詠さん、今回も最高でした…!!