あたしが14歳になった頃に戦争が始まり、
国の書記を務めていた母は家にほとんど帰らなくなった。家に父と2人で暮らすことになったあたしは幼い頃からまともに会話したことが無い父と顔を合わせるのが嫌で、食事のとき以外は自室に引き籠もっていた。
幸いあたしの家には2,3人ほど使いの人が居たので父と会話することは避けられた。おそらく父もあたしと会話したい訳ではなかったと思うからそれで良かったんだと思う。
使いの人を通して聞く父の「跡取り」「婚約」「派遣」等の言葉を頭から出て行かせるために本を読んで他の言葉を入れようとした。けれど、誰とも会わない、話さない、外に出なくなってしまったあたしの頭は本に書いてある言葉が正しいのか、間違っているのかを判断出来なくなっていき、次第に書いてある単語の意味さえ分からなくなってしまってから、本を読むことを辞めた。
戦争の激しさが増すと父はあたしを戦争に向かわせる為に様々な武術の訓練を無理矢理施した。
けれど部屋に籠って力もない、知識もないあたしが刀や薙刀を振ったり、呪(まじない)を扱うことができるわけなく、その様子を見て癇癪を起こした父はあたしを自室から屋敷の離れにある部屋に閉じ込めた。
初めは窓一つの薄暗い部屋が怖くて眠れなかったけど、次第に誰も話しかけて来ない、会う必要も無い安らぎから落ち着ける場所になっていった。
父に呼び出され、近いうちに戦争へ向かう命令をされた日の夜、自室に戻ると窓際に月明かりに照らされて、知らない人が立っていた。
久々に喉から出た掠れた叫び声は遠くのお屋敷に届くことはなく、扉の前に立ちすくんでいると目の前の侵入者が落ち着いた様子であたしに話しかけてきた。
「ここはお前の部屋だったのか。てっきり空き部屋かと思ってしまった。」
「…ぅ……あ………」
相手が侵入者だろうと叫ぶことも話すこともできないあたしを見て憐れむような顔をして、知らない男の人があたしに近付く。
「…ふっ、貧弱過ぎる。こんな奴が戦争に赴いた所で的になるだけだと思うがな。」
「……だ、誰なんですか…ぁ…あなたは…」
唐突に浴びせられた罵声にも驚いたけど、このまま黙っていると気を失ってしまうと思ったので精一杯の力を振り絞って声を出した。
「何も聞いていないのか。一脈家の蕾女の噂は本当だったみたいだな。」
気になることが次々彼の口が出てくるけど、混乱するあたしの頭の中には内容が入ってこず、ただ俯いているあたしに呆れたのか彼はゆっくりと語り始めた。
どうやらあたしの国の戦況は厳しいらしく、帝国軍の兵士だけでは不足している為、近くの友好国に支援を募って久々に外交官である父の屋敷に他国の客人を迎え入れているらしい。
その客人の息子だと名乗る彼は世間知らずなあたしを心配、もしくは愚かだと思ったのかある提案をしてきた。
「お前も近い将来戦場に立つことになるんだ。今のままでは的にすらない、足手まといだ。俺も戦場へ派遣するように国から言われたが、その時にお前みたいな奴がいては戦いの邪魔だ。」
初対面の相手に心が折れそうなくらい罵られてたことに怒りも悲しみもなく、ただあたしは思ったことを口に出す。
「…あたし、は、行きたくて行く訳じゃない…
ただ命令されて…本当は、戦いたくなんか…ッ…―」
目に溜めた涙が零れ落ちないように堪えていると彼は淡々とした様子でまた話し始める。
「そうだろう。誰しも望んで戦場へ行く訳じゃない。
けれども林檎が木から落ちるように、原理や真理が分からずと決められた事柄が世の中にはある。端的に言うのならば運命だ。」
「…それは、あたしにどうしろって言ってるんですか。邪魔になる前に今、死んだ方がいいってことですか。」
「お前は何も理解出来ないんだな。逃げて、目を背けずに立ち向かえと言っている。俺がその手助けをしてやろう。」
邪魔、足手まといとまで言われた次にそんなことを言われてますますあたしは混乱した。この人はあたしをどうしたいのか、なぜそんなことをしようとするのか、そう言おうとする前に彼は
「明日、またこの部屋で会おう。」
それだけを言い残して窓から出ていってしまった。
第2話 終わり