さあ、休み時間だ。
改めて、僕は覚悟を決め直す。
そして、ちらりと小出さんを見やった。
やっぱり彼女は授業が終わるや否や、机の中から文庫本サイズの本を取り出した。そして栞を挟んでおいたページを開き、さっそく読み始めようとしている。
本にはカバーがかけられていて、小出さんが何のジャンルの本を読んでいるのかは分からない。それが分かれば会話の糸口にもなるのだけれど。
――構うものか。
こうなったら、当たって砕けろの精神だ。僕はドキドキしながら、一度唾をごくりと飲み込んで、深呼吸をひとつ。それから隣に座る小出さんに初めて声を掛けた。
「こ、小出さん、ちょっといい? 何の本読んでるのかな?」
「ひゃっ! そ、園川《そのかわ》くん! な、な、何? ど、どうしたの、いきなり?」
僕が声をかけたその瞬間、小出さんは椅子から飛び上がらんばかりにビクリとし、お尻を浮かせて大きく驚いた。そして、ただでさえ小さな体なのに、より小さく縮こまって僕の顔を怖々として見ている。
小出さんが初めて僕に発してくれた言葉、それは「ひゃっ!」であった。うん。正直ショックを禁じ得ない。
これは今夜も、僕は枕を涙で濡らすことになるかもしれないな。それに加えてお風呂の中で小さくすすり泣いてしまうかもしれない。
でも、くじけない。こんなことで諦めてどうする園川大地《そのかわだいち》!
ショックを顔に出さず、平静を装い、どうにかして会話を続けようと、僕は頭をフル回転させてこう答えた。
「う、うん。小出さんって、いつも何の本を読んでいるのかなって。じ、実はさ、僕もこれからは本を読むようにしようと思ってたんだ。趣味を持った方が良いと思って。それでね、小出さん。良かったら、参考に本のタイトル教えてくれないかな?」
嘘ではなかった。
小出さんと仲良くなるために、僕も本を読むようにしなければならない、そう考えていたのだ。やはり共通の趣味を持っていた方が、小出さんとの心の距離も近くなるだろうし。
「ええ!! た、タイトルですか!? え、えと、えと……しょ、小説……です。タイトルは……内緒です」
小出さんは目を右へ左へキョロキョロさせ、かなりの動揺を見せた。何故? 僕はただ、小出さんと仲良くなりたいから、読んでいる本のタイトルを知りたいだけなんだけど。
「え、どうして? どうして内緒なの? 内緒にされると余計気になっちゃうな」
「えと、は、恥ずかしいから……」
小出さんは持っていた本を隠すようにして抱きかかえ、小さな声でそう言った。
なんで恥ずかしいのだろう。もしかして小出さん、こっそりエッチな小説でも読んでいるんじゃないだろうか。だから、僕にタイトルを教えることが出来ないんじゃないだろうか。いや、それはないか。
ということは、もしかして僕、小出さんに本のタイトルすら教えてもらえない人間なんだろうか。そんな価値すらない男なんだろうか。だとしたらちょっと、いや、かなり深く落ち込むね。
というわけで、僕はあまりのショックに肩を落とした。ああ、知りたかったな、小出さんが読んでる本のタイトル……。
「え!? あ、あの、園川くん!? どうしたの!?」
僕の落胆した様子を見て、小出さんはあたふたしだした。そして、どうしたら良いのか悩み始めてしまった。
「うーん……どうしよ……うーん……うーーん……」
そして、恐々と。
小出さんは、僕に話を小さな声で切り出した。
「だ……誰にも言いませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、落ち込んでいた僕の顔に明るさが戻った。良かった! タイトルを教えてもらえる! これで小出さんと同じ本を読んで、心の距離を近付けることが出来る!
「もちろん! 誰にも小出さんが読んでる本のタイトルのことは言わないよ! 僕、口だけは堅いから!」
それを聞いて、ちょっとだけ安心した顔をする小出さん。そして小出さんはひそひそ話をするように、僕の耳にそっと顔を近付けた。彼女の吐息が耳にかかる。
「……異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!……です」
……え? ……何? ……あらすじ?
妙だぞ。僕は先程、確かに本のタイトルを教えてくれと訊いたはずだ。しかし、小出さんは今、確かに、本のあらすじを僕に伝えてきた。
これは一体……。
ああ、そうか。小出さん、勘違いしちゃったんだ。僕があらすじを知りたいと勘違いしちゃったんだ。
でも、『タイトル』と『あらすじ』を間違えることなんてあり得る……のかな?
んーー? 何だこれ。僕は何か試されているのではないだろうか。
はたまた、これは小出さんなりの、渾身のギャグなのではないのだろうか。だとしたら、僕はここで一発、ツッコミをれるべきなんだろうか。
……ないな。それはないな。
「こ、小出さん! 今のって、本のあら──」
すると、僕にタイムアップを知らせるように、始業のチャイムが教室に鳴り響いた。そして小出さんはあわあわと、本を机の中に急いでしまい込んだのである。
「小出さん! もう一度、僕に本のタイトルを──」
「もう訊かないでーー!!」
──それから。
僕は授業中、小出さんの先程の言葉を、脳内で何度もリピートしていた。オッサンがどうとか言っていたな……。小出さんは一体、何の本を読んでいるのだろうか。
僕の頭の中は、『オッサン』という単語でいっぱいに。ぐるぐると『オッサン』が回り巡った。もちろん、英語の授業の内容は、まるで僕の頭に入って来なかった。
第2話 仲良くしようよ小出さん!【後編】
終わり
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!