テラーノベル
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暗い。
最初に思ったのは、それだった。
目を開けても、何も見えない。
「……ん……」
頭が重い。
身体も動かしづらい。
冷たい床の感触。
「……?」
少しずつ意識が戻る。
手を動かす。
ザラッ。
床。
周りは壁。
狭い。
箱みたいな場所。
「……は?」
声を出してみる。
自分の声が、やけに遠く感じる。
少しずつ思い出す。
張り込み。
夜道。
後ろから誰かが近づいて――
そこで記憶が途切れていた。
「……やば」
伊吹は壁に手をつく。
立とうとする。
でもふらつく。
記憶も段々と曖昧になっている気がする。
薬を盛られたのかもしれない。
「……誰だよ」
声を出す。
もちろん返事はない。
「…くそ」
頭痛、目眩、吐き気が時間が経つにつれ酷くなっていく。
「……」
しばらくして。
ガチャ。
鉄の音。
ドアが開く。
光が差し込む。
まぶしくて目を細める。
人影が一つ。
顔は見えない。
低い声がした。
「起きたか」
反射的に目の前の男を睨む。
「誰だよ」
男は答えない。
ただ近づいてくる。
伊吹は立ち上がる。
足はまだ少しふらつく。
でも構えた。
「悪いけど」
伊吹が言う。
「俺、警察」
男は少し笑った。
「知ってる」
その言葉に、伊吹の背筋が少し冷える。
男は続ける。
「機動捜査隊」
「伊吹藍」
伊吹の目が細くなる。
「……調べたのか」
男はしゃがみ込む。
伊吹と目線を合わせる。
「お前の相棒」
「志摩一未」
その名前を聞いた瞬間。
伊吹の顔が少し動いた。
男はそれを見逃さない。
「大事なんだろ」
伊吹は黙る。
男は笑う。
「だから呼んだ」
伊吹の眉が寄る。
「……は?」
男は言う。
「お前を餌にすれば」
「志摩は必ず来る」
その瞬間。
伊吹の中で何かが冷えた。
「……バカじゃねえの」
伊吹は吐き捨てる。
「志摩はそんな簡単に釣れねえよ」
男は肩をすくめる。
「どうかな」
そして立ち上がる。
「試してみよう」
ドアが閉まる。
また暗闇。
静寂。
伊吹は壁にもたれる。
「……くそ」
志摩の顔が浮かぶ。
冷静な目。
嫌味な言い方。
でも。
絶対に諦めない男。
伊吹は小さく笑った。
「来んなよ」
天井を見上げる。
「志摩」
「こんなクソみたいな罠」
「引っかかんな」
でも。
心の奥で思っていた。
あいつは来る。
絶対に。
来る。
それが――
志摩一未だから。
時間がどれくらい経ったか分からない。
暗闇。
沈黙。
孤独。
少しずつ。
伊吹の思考が鈍くなる。
声を出してみる。
「……志摩」
返事はない。
また時間が過ぎる。
「……志摩」
喉が乾く。
頭がぼんやりする。
男はたまに来る。
そして毎回おなじ質問を繰り返して
その後はただ様子を見る。
それが逆に怖かった。
「名前は」
「伊吹……藍……」
「名前は」
「…イ、ぶき藍」
「……イブきあ イ」
「……イブ キ アィ…?」
「名前は」
「……」
時間の感覚がなくなっていく。
だんだん言葉が減る。
「お前の相棒は」
頭がうまく回らない。
「……し……」
「……し、?」
誰だっけ。
視界が揺れる。
怖い。
でも一番怖いのは何も分からない自分自身。
「……」
「へぇ、暗闇に閉じ込めて薬ちょっと盛るだけでこんなんになるんだ」
「もう、壊れちゃったね伊吹さん。」
「……ぁ、あ…」
「また後でくるね」
伊吹は膝を抱える。
声がかすれ意識が遠くなる。
もう自分がなんなのかも思い出せずにいた。
どれくらい経っただろう。
遠くで音がした。
ドン。
何かが壊れる音。
誰かの声。
走る足音。
そして――
ドアが勢いよく開いた。
光が差し込む。
眩しい。
顔を上げる。
影が一つ。
低い声。
「……伊吹」
「あ……」
志摩が近づく。
顔が見える。
冷静な目。
でもその奥に――
怒りと焦りが混ざっていた。
志摩がしゃがむ。
「伊吹」
伊吹はぼんやり見ている。
声を出す。
「あ……あ……」
それしか言えない。
志摩は一瞬だけ目を閉じた。
そして。
静かに言った。
「もういい」
伊吹の肩に手を置く。
「迎えに来た」
その言葉を聞いた瞬間。
伊吹の身体から力が抜けた。
志摩が抱きとめる。
「……バカ」
志摩の声は、少しだけ震えていた。
南雲(久住精神安定剤)
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