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Side美緒
入院中の私は、病室のベッドの上で、細く息を吐き出した。
「インテリア・おしゃれ」っと、スマホにポチポチ入力して検索を掛けたが、おしゃれなインテリアを見ても、イマイチ気が乗らない。出るのはため息ばかりだ。
初めてのひとり暮らしに楽しみだけれど、その前にやらなければならない事がある。
「離婚……か」
「はぁ」とため息を吐き、スマホの検索を「法テラス」に切りかえた。
知り合いの弁護士なんて居ないし、弁護士と一口で言っても得意分野があるらしい。
まあ、お医者さんでも、内科や眼科や整形外科など、科目があるように、弁護士さんでも離婚に強い弁護士さんや土地関係に強い弁護士さんなど、それぞれの得意分野があるのは不思議じゃない。
「法テラス」トップ画面には、相談の項目が幾つか並んでいる。
借金・離婚・相続・住まい等々。
「私の場合は、離婚と暴力と誹謗中傷……うーん、どうしたらいいんだろう?」
とりあえず、自分の身の安全が最優先だから暴力に強い弁護士さんを紹介してもらえるように入力する。
「絶対、泣き寝入りしないんだから!」
と、意気込んでみても、しょせん自分には何の力もないのだ。
健治と果歩の浮気の証拠も、階段から突き落としたのが果歩だという証拠も、SNSの誹謗中傷が果歩だという証拠も……。
足踏み状態なのは、それが原因なのだから。
「ダメだな私……。せめて、健治が果歩とホテルから出て来た時、写真ぐらい写していれば良かったのに」
正直、健治が不倫をしているなんて思ってみなかったから、あの時は衝撃の方が大きくて何も出来なかった。
弱い自分に呆れかえる。
「はぁ~、嫌になる」
盛大なため息をついていると、ノック音が聞こえて来る。
「はーい」と返事をするとドアが開く。
「野々宮先生……」
「こんにちは。おかげんいかがですか?」
「はい、おかげさまで痛みが引いてきました」
野々宮先生と会うのは、果歩に階段から突き落とされ、緑原総合病院に居た時以来だ。
あの時の会話を思い出すとなんだか緊張して、キュッと胃のあたりが痛くなる。
「あの……。今日はどうされたんですか?」
私は、おそるおそる野々宮先生に訊ねてみた。
すると、野々宮先生は少し言い難そうに、視線を泳がせ話し出した。
「実は……先日、お会いした時に、不倫の証拠が欲しいとおっしゃっていたので……」
それを聞いて、ドクンと心臓が跳ねる。
私は、まだ健治が、妻を突き落とした果歩と会っているのかと思ってしまったのだ。
「ど……どんな内容なのでしょうか?」
「菅生さんのご主人と仕事の関係でお会いしたんですが、果歩と不倫していたと告白されたんです。……その時の様子を録音しました。音声のコピーですが、お渡しします」
そう言って、野々宮先生はUSBメモリを差し出した。
私は、そっと手を伸ばし、それを受け取ったが、意外過ぎる話しに一瞬思考が追い付かない。
「健治が……?」
「はい、義父と私の前で、土下座で謝罪をされていました。果歩の脅威から奥様を守りたいと思っていらっしゃるようでした」
「そうですか……」
不倫の証拠……。
私は、手の中にあるUSBメモリをギュッと握りしめた。
「それと、もう一つあります」
そう言って、野々宮先生は私へA4サイズの封筒を手渡した。
「これは?」
「……菅生さんが、おケガをされた時の防犯カメラの映像と、その場に落ちていた果歩の付け爪。それと、その日の果歩の写真です。付け爪が剥がれた指先も写っています」
それらは、何よりも欲しかった証拠の数々だ。
これが、あれば果歩を追い詰める事が出来るだろう。
「ありがとうございます!」
「いえ、少しでもお役に立てば、良いのですが……」
その言葉は嬉しいけれど、逆に心配になってしまう。
「でも、いいんですか?私は、果歩さんを刑事告訴するつもりです。ただ、それで野々宮先生の立場が悪くなるような事はありませんか?」
野々宮先生は、眉尻を下げ微笑んだ。
「……以前もお話させて頂きましたが、果歩とは離婚するつもりで、既に離婚届も渡してあります。それに私も覚悟を決めたので大丈夫ですよ」
果歩に離婚届を渡していたんなんて……。
でも、野々宮先生は確実に前へ進んでいる。
「では、有難く受け取らせて頂きます。野々宮先生が協力してくださったおかげで、私も前に進めそうです」
「はい、お互い頑張りましょう」
野々宮先生が帰り、病室にひとりになった私は、証拠と言って渡されたUSBメモリの中身を確認しようと思い、持ち込んでいたタブレットにメモリを繋いだ。
イヤホンを耳に嵌め、スイッチを押すと聞こえて来たのは健治の声だった。
その内容は、私の想像していたものとは違い、健治が自分の罪を告白をしている”懺悔”とも取れる内容で、確かに不貞行為はあったけれど、その後は仕事を盾に果歩から呼び出されたようだった。
でも……。
そもそもを考えれば、健治は私を裏切り、果歩とホテルに行ったのだ。連絡が来た時点できっぱりと断ることだって、出来たはずだ。
「はぁ、なんだかなぁ」
聞いていて、少し複雑な気分になった。
健治がこのように、わざわざ果歩の父や野々宮先生に懺悔をした意味とは……?
不貞行為を告白することによって、野々宮成明先生から健治は慰謝料を請求されるかもしれないリスクを背負う事を考えれば、普通黙っているはずだ。
……それを承知で告白したのは、私のため⁉
イヤホンから聞こえて来るやり取りは、健治が店から出て行くのを野々宮先生が呼び止め、謝罪をした所まで進んでいた。
健治の声が聞こえて来る。
『謝罪は受け取らせて頂きますが、出来れば、今後、妻に危害が及ぶことがないようにして頂けることを望んでいます』
それを聞いて、やっぱり健治は、私のために懺悔をしたのだと思った。
でも……、だからと言って果歩との不倫が帳消しになる訳じゃない。
それなのに、少し心が揺らいでしまうのは、健治の事を好きだった記憶があるから……。
イヤホンからは、健治と野々宮先生のやり取りが流れて来る。
『……菅生さんは、奥様を大切に思っていらしゃるんですね』
『はい、とても大切に思っています』
それを聞いた瞬間、胸がギュッとつかまれたように苦しくなる。
「どうして……」
どうして、私を大切に思っているのなら、果歩とホテルに行ったのか。
どうして、私を裏切ることが出来たのか。
頭の中をたくさんの疑問が埋め尽くしていく。
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