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「あなたではないあなた」
目が覚めたとき、自分の名前が一瞬わからなかった。
いや、正確には「わからない」のではない。
思い出そうとするとそこに空白があった。
天井はいつもと同じ部屋で、いつもと同じ朝のはずだった。
なのに、何かが違う。
スマートフォンが通知を鳴らす。
会社からの連絡。
「本日の出社は不要です。処置は完了しています。」
処置。
その言葉に、妙な引っ掛かりを覚えた。
自分は昨日、何かを受けたのだろうか。
思い出そうとすると、頭の奥が滑るように空白になる。
鏡を見る。
そこには”自分︎︎”がいる。
昨日までと同じ顔。
同じ目。
同じ顔で同じ寝癖が跳ねている。
でも、違和感が消えない。
会社に行く理由はあったはずだ。
やるべきことも、考えていたこともあったはずだ。
なのに、それが思い出せない。
代わりに別の感覚がある。
落ち着き。
静けさ。
妙に整いすぎた思考。
昼前、外に出る。
街はいつも通りだった。
誰も自分を見ていない。
誰も不自然なものなど感じていない。
そのことが、少しだけ怖かった。
会社のビル前で、同僚らしき人物とすれ違う。
彼は軽く会釈した。
「お疲れ様です。処置、うまくいったみたいですね。」
処置。
その言葉に、また違和感が走る。
「…何の話ですか。」
相手は一瞬だけ不思議そうな顔をして、それから笑った。
「もう安定してるなら大丈夫ですね」
何が、安定しているのか。
自分は問い返そうとしたが、言葉が出なかった。
その日から、少しずつ変わっていく。
怒りが湧かない。
焦りが続かない。
昔ほど執着できない。
でも同時に、何かが薄れていく。
必死だった自分の感覚だけが、遠くなる。
ある日、ふと思う。
昔の自分は、もっと苦しんでいた気がする。
けれどその”苦しみ方”が思い出せない。
夜、ふと検索する。
「人格変更 治療」
結果はすぐに出た。
『人格最適化処置は、本人の社会適応を改善するための医療行為です。』
その言葉を読んで、安心した。
たぶん、良いことなのだ。
自分は、前より楽に生きている。
でも、その瞬間ふと気づく。
“前の自分”は、どこに行ったのだろう。
思い出そうとする。
だが、思い出せない。
苦しんでいたはずの誰かがいた気がする。 必死に何かを守ろうとしていた誰かがいた気がする。
でも、それはもう他人の記憶のように遠い。
翌朝、通知が来る。
「処置完了後のフォローアップは終了しました。引き続き安定した生活をお送りください」
安定。
その言葉を、なぜか繰り返してしまう。
鏡を見る。
そこには、問題のない顔がある。
昨日よりも、さらに穏やかになった顔。
ふと、思う。
もし本当に何かが変わったのだとしたら。
変わったのは世界なのか。
それとも、自分なのか。
どちらでもいいはずなのに、 なぜか胸の奥だけが、少しだけ遅れて痛んだ。
そしてその痛みも、
すぐに静かになっていく。
完
はじめまして、めめです。
趣味で小説を書き始めて、練習がてら書いたものですが、「誰かに読んでもらえたらいいな」と思い、投稿してみました。
気に入っていただけたら幸いです。
学生のため更新は不定期になりますが、ゆるく見守っていただけるとうれしいです。
文章やストーリーなど、まだまだ未熟な部分もあると思いますので、感想やアドバイス、改善点などのご意見も大歓迎です。
これから少しずつ投稿していく予定です。
よろしくお願いします!
コメント
1件
**寺島あおい🕊️** めめさん、はじめまして。読ませていただきました。「処置」という言葉の不気味さと、主人公の思考が静かにすり替わっていく感覚、すごく怖くて、そして切なかったです。特に「苦しんでいたはずの誰かがいた気がする」という一文が胸に残りました。中学生でこれだけの雰囲気を書けるのは本当にすごいです。また次のお話も楽しみにしていますね🌷