テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
大学生の僕が体験した、ある古いアパートにまつわる、少し長い怖い話です。これは僕が地方の大学に通うため、格安の一人暮らし用物件を探していたときのこと。
見つけたのは、築40年、駅から徒歩20分の場所にある木造2階建てのアパートでした。周囲にはうっそうとした雑木林があり、昼間でもどこか薄暗い場所です。家賃は相場の半額以下。「古いから」という理由だけにしては安すぎましたが、仕送りの少ない僕は、迷わずその202号室を契約しました。
不動産屋の担当者は、契約書にサインをもらうとき、なぜか一度も僕の目を直視しませんでした。ただ一言、「夜中、もし隣から変な音が聞こえても、絶対に壁を叩き返したりしないでくださいね」とだけ、妙に低い声で言ったのです。
引っ越して最初の1週間は、何事もなく過ぎました。
部屋は確かに古いものの、6畳一間に小さなキッチンがついており、一人で暮らすには十分でした。ただ、妙なのは「隣の住人」のことです。
僕の部屋は2階の角部屋。隣は201号室しかありません。
しかし、その201号室の住人の姿を、僕は一度も見かけたことがありませんでした。表札はなく、ポストにはチラシが溜まったまま。それなのに、夜の12時を過ぎると、必ず「ある音」が聞こえ始めるのです。
ズ、ズ、ズ、ズ……
それは、何か重いものを床に引きずりながら、ゆっくりと歩き回っているような音でした。
古い木造アパートですから、壁が薄いのは仕方がありません。最初は「夜型の人なのかな」程度に思っていました。しかし、その引きずる音は、午前1時、2時、3時になっても、途切れることなくずっと続いているのです。
「いつ寝ているんだろう……」
不気味に思った僕は、ある日の昼間、思い切って201号室のインターホンを押してみました。
……反応はありません。静まり返っています。ドアノブに手をかけると、鍵はかかっておらず、ガチャリと音を立てて数センチだけ隙間が開きました。
隙間から覗いた部屋の中は、信じられない光景でした。
家具が一切なく、畳がすべて剥がされ、むき出しのコンクリートの床が一面に広がっていたのです。誰も住んでいない。空き部屋でした。
「じゃあ、毎晩聞こえるあの音は一体何なんだ?」
背筋に冷たいものが走り、僕は急いで自分の部屋に戻り、鍵を閉めました。
その日の夜、恐怖のせいで眠れずにベッドの中でじっとしていると、午前0時の時計の針の音とともに、やはり「それ」が始まりました。
ズ……ズ……ズ……ズ……
誰もいないはずの隣の部屋から聞こえる、重いものを引きずる音。
昼間にあの空っぽの部屋を見てしまったせいで、恐怖は昨夜までの比ではありません。心臓がバクバクと音を立て、毛布を頭から被って耳を塞ぎました。
するとその時、音がピタッと止まりました。
静寂が部屋を包み込みます。自分の鼓動の音だけが響く中、僕は息を殺して様子を伺いました。
次の瞬間。
トントン、トントン、トントン……
僕の頭のすぐ上、ベッドが接している壁の向こうから、壁を軽く叩く音が聞こえてきたのです。
#オリジナル
重田💋(omoda)
743
1
ノックのような、規則正しい音。
(誰もいないはずだ。誰もいないはずだ……)
僕は心の中で必死に唱え、目を閉じました。
しかし、壁を叩く音は徐々に激しくなっていきます。
ドン! ドン! ドン! ドン!
まるで「そこにいるのは分かっているぞ」と言わんばかりに、壁が激しく振動します。
あまりの恐怖と怒りに理性を失った僕は、不動産屋の「絶対に壁を叩き返してはいけない」という警告を忘れ、思わず拳で壁を思い切り殴り返してしまいました。
「うるせえな! 静かにしろ!」
叫んだ瞬間、嘘のように全ての音が消えました。
隣からの激しい振動も、引きずる音も、完全に止まったのです。
僕は荒い息を吐きながら、「あぁ、やっぱり誰か隠れて住んでいるんだ」と自分に言い聞かせ、無理やり眠りにつきました。
翌朝、目が覚めると、部屋の中が妙に薄暗いことに気づきました。
時計を見るともうお昼の12時。
大学の講義に遅刻だと焦ってベッドから飛び起きた時、僕は自分の部屋の「異変」に気づき、硬直しました。
壁です。
昨夜、僕が殴り返した、隣の部屋との境界にある壁。
そこに、昨夜まではなくかったはずの、小さく細長い「亀裂」が入っていたのです。
経年劣化で壁紙が裂けただけかもしれませんが、その隙間は、ちょうど大人の目が一つ通るほどの大きさで、向こう側の暗闇へと繋がっていました。
嫌な予感がして、吸い寄せられるようにその隙間に近づきました。
中を覗き込もうとした、その時。
隙間の向こう側の暗闇から、「ギチギチギチギチ……」という、人間の骨が軋むような奇妙な音が聞こえてきました。
そして、その細い亀裂の向こうから、ゆっくりと「何か」が現れたのです。
それは、真っ白に濁った巨大な眼球でした。
人間のものではありません。あまりにも大きすぎる目が、隙間にぴったりと押し付けられ、ぐりぐりと動きながら、まっすぐに僕のことを見つめていたのです。
「う、あ……」
声にならない悲鳴を上げ、僕はへたり込みました。
さらに恐怖は終わりませんでした。その隙間から、信じられないほど細長く、青白い人間の指が、ヌッとこちらの部屋へ突き出てきたのです。
指の関節はいくつもあるように不自然に折れ曲がり、爪は黒く剥がれかけています。
その長い指は、僕の部屋の壁をせわしなく引っ掻きながら、ずるずるとこちらの世界へ這い出てこようとしていました。
「みぃつけた……みぃつけた……」
壁の向こうから、男とも女ともつかない、湿った低い声が響きました。
僕は財布とスマホだけを掴み、靴も履かずに裸足のまま部屋を飛び出しました。階段を転げ落ちるようにしてアパートを抜け出し、大通りまで全力で走りました。
その後、僕は二度とその部屋に戻りませんでした。
荷物はすべて親に頼んで業者に処分してもらい、不動産屋には違約金を払って即座に解約の手続きをしました。
解約の際、あの時の担当者が申し訳なさそうに、小さな声で教えてくれました。
数年前、あの201号室に住んでいた住人が、部屋の中で「手足を不自然に引き伸ばされた状態」で亡くなっているのが見つかったそうです。
それ以来、あの201号室を空き部屋にしても、隣の202号室に住む人はみんな、夜中に「何かを引きずる音」を聞き、壁の隙間から覗く「長いもの」を見て、数日と経たずに引っ越してしまうのだと。
僕は今、別の街の新しいマンションに住んでいます。
しかし、今でも夜中にふと目が覚めると、部屋の壁のどこかに「新しい隙間」ができていないか、恐怖で確認せずにはいられないのです。
Vega🥀 @夜更かし民
コメント
2件
わあ、めっちゃ怖かった…!!😱💦 隣の部屋から聞こえる“引きずる音”と、誰もいないはずの部屋の真実がじわじわくる感じ、ホラー好きにはたまらん構成だよね…。特に隙間から覗く巨大な白濁した眼球と、壁を引っ掻く指の描写がリアルすぎて、読んでるこっちまで息止めちゃったよ…。不動産屋の“壁叩き返すな”って警告が最後に効いてくるの、ゾッとした…!続きめっちゃ気になる!!