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私は今を生きている。
それは何かを意味して言っているのではなく
ただ思ったことを述べてるだけ
でも、心のどこかではなぜそう思うのか。
何故、この言葉を今思ったのかは分からないが、
それは大人になったら分かるだろう。
あの時にあんなことがあったな。
この時にこうすればよかった。
もっと大きくなった時には笑い話になると言うが、それ以前の問題で誰にも話さないかもしれない。
何故か少し怖い。
大人になって笑い話にできる自分が他人みたいで、何故かすっきりしない
歳をとるにつれ、自分のことも笑い話にしてそれが話のネタになるだの言う人もいるが、まわりに笑ってもらってそれで安心するだけなのかもしれない。
誰かの詩で人の心は変わるが故郷の地や香りは変わらないと詠んでいた詩人がいたが、今やなにもかも変わってしまうこの世界の中で自分までも味方で居なくなるのなら
その時はそっとどこかに旅に出るか。
誰もいない場所で死のう。
自分の見解や誰かの助言でここまで話を続けてきたが今の私には、何か出来る訳でもなくただ自分の考えに忠実に生きてるだけだが、そんなことすら馬鹿馬鹿しく思えてきた。
私はどちらかと言えば頭が悪く、友達も少なくいわゆる負け組というやつなのだが
能天気にまわりに気を使って生きていればいいものの何故ここまで落ちてしまったのか
本当に分からない。
親の言うことにも従い学校も毎日行き、習い事も週六行って部活動では賞をとるぐらいになった。
ただの学生をしてきているはずなのに
それが正しいと思ってここまで来ていたはずなのに
どこかで狂ったのだろう。
何もかもが気持ち悪く思え、親の顔や兄弟までも嫌いになっている自分が怖くなったのだ。
親に反抗して家を出たり、学校に行きたくないと駄々をこねしまいには朝が怖くなってしまう。
よく分からない思想家の言葉を信じ胸に押し付け安堵している 自分が惨めで汚い
それに気付くまでに何日たったのだろうか。
今を生きている
この言葉も不安やなにかを取り除くまでのただの言葉にしか過ぎないが今はまだもう少しだけこのままでいいだろうか。
もう少し、生きてみよう。
そう思えたのならいいじゃないか。
深く掘ったりしなければいいのに。
もうあの時みたいに戻れないとなると少し寂しく感じるがそれも人生ということにしておこう。
誰かに依存し生きがいを感じているその生き方や何にも取り憑かれず生きていくその生き方が許されるのなら、自分に常に情けをかけ不安など感じて安心しているその生き方もいいのではないか。
そう思っていよう。
この作文もいつかの不安の安堵となると信じて、少しずつすこしずつ生きていこう。
それで安心するのなら、それだけでもう幸せだ。
ただその前に死んでしまうのならただの黒歴史だが、それもそれでいいか。
死んだのだから